マネー・ドール -人生の午後-
 慶太は、デスクで、ノートパソコンを開いて、お仕事してる。
邪魔しちゃ、悪いかな。でも、甘えたい……慶太に、ギュって、して欲しい。
「仕事?」
「いや、メールチェックしただけ」
ノートパソコンを閉じて、窓辺へ。
「夜景、見た?」
「うん。綺麗」
「カーテン、閉めるよ」
 カーテンを閉めて、私の隣に座って、髪をまとめていたシュシュを外して、ほどけた髪を指に巻きつけた。
 その顔は、もう怖くなくて、いつものように、優しくて、甘い、イケメンの慶太。
「さっき、ごめん」
「え?」
「田山くんのこと……こんな歳で、ヤキモチやいちゃった」
 彼は、恥ずかしそうに笑った。
「何年か前に、真純の会社で、沖縄行っただろ?」
 沖縄……ああ、行ったっけ。私が、一番、仕事しか見えなかった頃ね。田山くんがまだ、私のアシスタントやってくれてた頃。
「あの時にさ、あいつ、俺に言ったんだよ。部長は毎日、いろんなことを話してくれるって。隣で、一生懸命、昨日の出来事を話してくれるって。勝ち誇ったように言うんだよ。自分は毎日、部長と……真純と一緒に、仕事をしてますって」
「田山くんが、そんなことを?」
「好きなんだなって、思ったよ。純粋に、惚れてるんだなって」
そんな前から……全く、気づいてなかった。
「あの頃の俺たちは……冷えてただろ? だから俺、羨ましくってさ」
「羨ましい?」
「俺、真純のこと、ずっと好きだったから。片思いって、やつかな? 嫁さんに、片思いってのも、変な話か」
 慶太は笑ったけど、私はまた、涙が……最近、おかしい。すぐに涙が出てくるの。泣くことなんて、滅多になかったのに。
「今も……好き?」
「あたりまえだろ」
「こんな私……あの母親の血が流れてるの……過去も……」
「そんなこと、どうだっていいんだよ」
「良くないよ! 良くない……こんな汚らわしい体……もう嫌……嫌なの!」
 慶太は、優しく、私の髪を指で梳いて、唇で触れた。
「髪、キレイだね。肌も、スタイルも、キレイ。四十には、とても見えないよ」
「どうして?」
「何が?」
「どうして……昔から、わからなかった……どうして、将吾が私のこと、あんなに大切にしてくれるのか……田山くんも……どこがいいの? 慶太も、どうして? 私のどこが好きなの? 私なんて、なんにもないんだよ……こんな……」
こんな、つまらない、女……嘘で固めた、女。
「嫌いなの……」
「誰が?」
「……自分が……」
 慶太が私の肩を抱いて、私は慶太に体をあずけて……慶太……かっこいいね……あなたは、ほんとにかっこいい。
イケメンで、スタイルもよくて、オシャレで、頭もよくて、お金持ちで……どうして、あなたのことだけを考えられないの? 
 こんなに、あなたは優しくて、素敵で、私を愛してくれてるのに……
「疲れたね。もう、寝ようか」
子供みたいに、泣きじゃくる私に布団をかけて、エアコン、寒くない? って聞いた。
「寒くない」
「真純は、寒がりだからさ」
 まるで、小さな子を寝かせつせる父親みたいに、慶太は、肘まくらで、私の背中をトントンする。
昔、将吾がよく、こうしてくれたっけ……眠れない夜は、こうして、私が眠るまで……
ああ、また、将吾のことなんて、考えてる。
微かな慶太の香水の匂い。染み付いてるんだ、その匂い。
 慶太……好きなの……ほんとに……
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