マネー・ドール -人生の午後-
 少し離れて座って、二本目の缶をあけて、一口飲んで、思い切ったように、口を開いた。
「明日から、しばらくお休みなの」
「えっ? なんで?」
「訴えた部下がね……セクハラがあったって……」
「セ、セクハラ?」
「私から、セクハラを受けたって」
「なんだよ、それ!」
「確かにね……男だったら、みたいなこと言ったの。それがダメだったみたい」
「そんなこと、普通に言うだろう」
「今はダメなのよ、そういうこと言うと」
 ふっと笑って、真純は淡々と続ける。
「異動になるの」
「異動? どうして」
「今回のことが、マスコミに流れて、企業イメージに傷がついたって。それに、その子の復職の条件が、私が管理職から外れることなの。それが、ご家族からの要望」
「本人は、何て言ってるの」
「うつ病だから、正常な判断はできないそうよ。本人の意思は、不明なまま。でも、もし本当に裁判にでもなって、ブラック企業の烙印でも押されたら、もう取り返しがつかない」
 ふと見た横顔は、冷たい、横顔。真純は、じっと前を見て、佐倉部長の目で、唇を噛み締めて、何かを、必死で隠している。
「私の行く末は、総務部課長か、名古屋支店の企画部長か。もう後任も決まってるの。私の上司だった人でね。私の抜擢人事で、名古屋に出向になった人。ざまあみろって顔で、私を笑ったわ。散らばってた取り巻きも集めて、完全な追い出しにかかってる」
「どうする気なの」
 真純は、強い目で俺を見た。まるで、睨みつけるように、強い目。会社での、佐倉部長は、こうして闘ってきたんだ。若くて、美人で、女の、佐倉真純は、こうして、男社会で、一人で闘ってきた。
「このままじゃ、終わらせないわ。絶対に、企画部に戻ってみせる。こんなこと、許さないわ」
 
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