マネー・ドール -人生の午後-
「私……セクハラなんてしてないのに……私……部下の子達のこと、真剣に考えてきたのに……」
三角座りの真純は、泣いている。
悔し泣き。見栄なんか、はらなくていいんだよ。俺には、そんな見栄、いらないから。
「負けたくないの……」
そうなんだ……真純は、負けたくないんだ。ずっと虐げられて生きてきたから、誰にも、負けたくないんだ。
「……今のポジションも……『女』を武器にしたんじゃないかって……ずっと言われ続けてきた。私、どんなにがんばっても、そんな風にずっと見られてきた。違うのに。私は実力で、今のポジションを勝ち取ったのに。年功序列も、性別も関係なく、私……」
「そんなこと、わかってるから。みんな、わかってるよ」
「今日ね……ご家族が弁護士と会社に来て……謝れって。だからね、謝ったの。もうしわけありませんでしたって……靴も脱いで、そうすれば、裁判はしないっていうからね、私ね……」
俺はもう、それ以上、聞けなかった。真純は拳を握りしめて、わなわなと震えて、ただ、ただ、泣いている。
「つらかったね」
硬い拳をそっと握ると、真純は、俺の胸に飛び込んで、声をあげて、泣き始めた。
初めて見る、真純の姿。
「その子ね……慕ってくれてた。気が弱くてね、でも、仕事ができないわけじゃなかった。もっと強くなってくれれば、きっと結果を残せるような子だったの。厳しくしすぎたのかもしれない。でも、かれも一生懸命だったの。田山くんの部屋から見送ったときね、握手してくださいって。だからね、握手したの。嬉しそうに笑って……いい子なの。本当に……」
「その訴えた子も、何か理由があるんだよ」
「常務が、訴えるようにご家族に話したらしいの」
「常務って、あの、独立するとか言ってた……」
「断ったから、腹癒せよね。田山くんも、部下の子たちも、人事に抵抗してくれたんだけど……これ以上やるとね……もう、私、居場所がないの……会社に……」
「真純……」
「がんばったの、私。必死に勉強して、必死に働いて、必死に売上げ上げて、がんばったの。なのに……こんな仕打ち……」
「真純は、よくがんばった」
そうしか言えなかった。
冷えてたけど、俺は知ってた。真純が必死だったこと。夜も休みもなく、必死で仕事してた。
「……慶太……私、これからどうしよう……」
「好きなようにしていいんだよ。生活費は、俺が稼ぐからさ。金の心配はしなくていいから。真純は、好きなことをすればいい」
「好きなこと……私ね……何もないの……仕事以外に、何も……」
ああ、そうだったな……いつか、部屋に入った時、真純の部屋には、仕事以外のものは、何もなかった。それくらい真純は、仕事にうちこんでいて……頑張ってきた。
なんて言ってやればいいんだろう。今の真純に、どうしてやれる?
「ずっと、仕事だけだったの」
真純の好きなこと……真純が、得意なこと……仕事にうちこみ始める前は……
もう二十年前のことだけど、空白の時間を飛び越えて、俺は真純と付き合い始めた頃のことを、鮮明に思い出していた。
「俺、真純の料理、好きだよ。昔はよく、作ってくれたじゃん。ほら、オーブン買ったの、覚えてる? 真純が新しいオーブンが欲しいって言ってさ。二人で買いに行ったよな」
「そう……だったね……」
でも、真純は、あまり思い出したくないのか、そのまま黙ってしまった。
ああ、やっぱり俺は、うまくできない。せっかく真純が、本当の真純を見せ始めたのに……
三角座りの真純は、泣いている。
悔し泣き。見栄なんか、はらなくていいんだよ。俺には、そんな見栄、いらないから。
「負けたくないの……」
そうなんだ……真純は、負けたくないんだ。ずっと虐げられて生きてきたから、誰にも、負けたくないんだ。
「……今のポジションも……『女』を武器にしたんじゃないかって……ずっと言われ続けてきた。私、どんなにがんばっても、そんな風にずっと見られてきた。違うのに。私は実力で、今のポジションを勝ち取ったのに。年功序列も、性別も関係なく、私……」
「そんなこと、わかってるから。みんな、わかってるよ」
「今日ね……ご家族が弁護士と会社に来て……謝れって。だからね、謝ったの。もうしわけありませんでしたって……靴も脱いで、そうすれば、裁判はしないっていうからね、私ね……」
俺はもう、それ以上、聞けなかった。真純は拳を握りしめて、わなわなと震えて、ただ、ただ、泣いている。
「つらかったね」
硬い拳をそっと握ると、真純は、俺の胸に飛び込んで、声をあげて、泣き始めた。
初めて見る、真純の姿。
「その子ね……慕ってくれてた。気が弱くてね、でも、仕事ができないわけじゃなかった。もっと強くなってくれれば、きっと結果を残せるような子だったの。厳しくしすぎたのかもしれない。でも、かれも一生懸命だったの。田山くんの部屋から見送ったときね、握手してくださいって。だからね、握手したの。嬉しそうに笑って……いい子なの。本当に……」
「その訴えた子も、何か理由があるんだよ」
「常務が、訴えるようにご家族に話したらしいの」
「常務って、あの、独立するとか言ってた……」
「断ったから、腹癒せよね。田山くんも、部下の子たちも、人事に抵抗してくれたんだけど……これ以上やるとね……もう、私、居場所がないの……会社に……」
「真純……」
「がんばったの、私。必死に勉強して、必死に働いて、必死に売上げ上げて、がんばったの。なのに……こんな仕打ち……」
「真純は、よくがんばった」
そうしか言えなかった。
冷えてたけど、俺は知ってた。真純が必死だったこと。夜も休みもなく、必死で仕事してた。
「……慶太……私、これからどうしよう……」
「好きなようにしていいんだよ。生活費は、俺が稼ぐからさ。金の心配はしなくていいから。真純は、好きなことをすればいい」
「好きなこと……私ね……何もないの……仕事以外に、何も……」
ああ、そうだったな……いつか、部屋に入った時、真純の部屋には、仕事以外のものは、何もなかった。それくらい真純は、仕事にうちこんでいて……頑張ってきた。
なんて言ってやればいいんだろう。今の真純に、どうしてやれる?
「ずっと、仕事だけだったの」
真純の好きなこと……真純が、得意なこと……仕事にうちこみ始める前は……
もう二十年前のことだけど、空白の時間を飛び越えて、俺は真純と付き合い始めた頃のことを、鮮明に思い出していた。
「俺、真純の料理、好きだよ。昔はよく、作ってくれたじゃん。ほら、オーブン買ったの、覚えてる? 真純が新しいオーブンが欲しいって言ってさ。二人で買いに行ったよな」
「そう……だったね……」
でも、真純は、あまり思い出したくないのか、そのまま黙ってしまった。
ああ、やっぱり俺は、うまくできない。せっかく真純が、本当の真純を見せ始めたのに……