マネー・ドール -人生の午後-
パンドラのハコ

(1)

 休み始めて一週間。私は、まだ気持ちの整理がつかずにいた。
 もう、辞めるしか、ない。それはわかってる。
でも、このまま、辞めたら……この十八年間の私の努力は、どうなってしまうの。

 朝食の後片付けをして、リビングで、ぼんやりしていると、携帯が鳴った。
「部長……どう、ですか……」
「田山くん。ダメだよ、私に電話なんかしちゃ」
 車の中からかけてるのか、カーラジオの声が、微かに聴こえる。
「……会えませんか」
「ダメだって」
「今、部長のお宅の近くにいるんです」
窓の下を見下ろすと、少し離れたところに、ハザードをつけた、白い車がいた。
 田山くん……キミ……本当に、私のこと、心配してくれるんだね。
「十分くらい、待って。準備するから」

 軽くメイクをして、Tシャツにスキニーで、車の窓をノックした。
「お待たせ」
 私を助手席に乗せて、田山くんは、黙って車を出した。
「無理言って、すみません」
「ううん」
「お元気そうで、安心しました」
「……みんな、どうしてる?」
「覇気はないですね。ダラけてるっていうか……こんな会社のために働くのはって、就活始めたやつもいます」
「そう……」
「今回のことは、みんな不満なんです。部長に育ててもらって、ほんとに、部長のこと、尊敬して、慕ってますから……」

 昔、子供の頃、クラスの中心的存在の子が、ほんとに羨ましかった。
 『存在感』
 私にはないもの。私には許されなかったもの。私はずっと、それが、欲しかった。
 そう、お金なんかより、ステータスなんかより、ブランドのバッグより、何より、欲しかったのは、それだったのかも、しれない。

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