マネー・ドール -人生の午後-
 アルミに磨りガラスが入った、古いドアを開けて中に入ると、予想を裏切らない、ザ・昭和って感じの事務所で、さっきまで、インテリアの最前線で働いてた私は、ちょっと落ち着かない。
「あー、ちょっと」
 慶太が声をかけると、パソコンに向かってた男の子が三人、顔を向けた。
「紹介するね。佐倉真純さん。俺の、奥さん。美人だろ? 来月から、ここで働いてもらうことになったから、よろしく。一般企業で企画部長をやってたんだ。真純には、企画とかプレゼンとか、お前らが全くできない仕事のレクチャーをしてもらう。しっかり勉強しろよ。ほら、お前ら、自己紹介して」
 三人は、「は?」って顔で、私を見てる。そりゃそうよね。
そもそも、お前ら、とか連呼するの、よくないと思います。
「はじめまして、佐倉の妻です。今まで家具メーカーで、企画部長をしてました。会計のことは全くわかりませんが、一生懸命勉強します。よろしくお願いします」
 三人は、どうもって頭を下げて、一番年上っぽい、神経質そうなメガネくんが立ち上がった。
「山内です。よろしくお願いします」
「山内くんはね、米国公認会計士も、もってるんだよ。頭はいいんだけど、営業がさっぱりでね」
 山内くんは、不機嫌な顔で慶太を見てる。
 その隣の、色白の痩せた子が、渋々立ち上がる。
「藤木です。よろしくお願いします」
「藤木くんは、税理士はとってるんだけど、なかなか会計士、とれないんだ。何年やってるの、お前? もうちょっと勉強してくれないとね」
 藤木くんは、口の中で舌打ちして、ぞんざいにデスクに座った。
 もう……慶太、人使うの、下手! あんたはユデタコ清水か!
 最後は、一番若い子。ちょっとポッチャリくんで、おっとりした感じ。学卒くんかな?
「相田です。あの……なんてお呼びしたらいいですか」
「佐倉、でいいです」
 はい、と言って、手帳にそうメモってる。なんか、かわいい。
「相田くんはね、事務員代わりってとこかな。まだ勉強中。がんばれよ、お前!」
「はぁ……」
 三人は、おもーいため息をついて、パソコンに向かう。
 なんて、暗い……雰囲気悪すぎ。
「男ばっかだからさ、なんかむさ苦しいんだよ。あ、俺の部屋はこっち」
 いやいや、これ、あなたのせいよ。
 慶太は私の肩を抱いて、所長室ってプレートのかかった奥の古臭いドアを開けた。
「相田、コーヒー!」
「あっ、はいっ!」
 慌てて台所へ行った。
「全く、仕事できねえくせに、気も効かねえのかよ。給料返せ!」
 ぼ……暴言……こんな身近にハラスメントの見本みたいなヤツがいたとは……

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