マネー・ドール -人生の午後-
所長室は、想像通り、散らかってる。古ぼけた応接セットに座ると、ソファがキシキシ鳴った。
「失礼します……」
相田くんがオドオドしながら、コーヒーを出してくれた。
「ありがとう」
私が微笑むと、ちょっとほっとしたみたいに、一礼して出て行った。
「ねえ、もうちょっと、部下の子達、大切にしないと」
「は? 会計事務所なんかこんなもんだよ」
「そうかもしれないけど、これじゃあ、覇気も上がらないじゃん」
「一般企業と違って、こういう事務所は奉公みたいなもんだからね。俺もこうやってきたし」
慶太は、デスクにふんぞり返って、ドヤ顔で、偉そうに笑った。
な、なんか、ムカつく。すっごいムカつく! イライラする!
「私、こんな暗い事務所で働くの、イヤ」
「えっ?」
「もっと覇気のある、活気のある職場じゃないと、仕事できない」
私の言葉に、慶太は動揺して、横に座って、
「そんな……どうしたらいい?」
「上司としての態度を改めて」
「改めてって……どう、やって?」
「部下をバカにしたり、むやみに叱責したりしないで、認めてあげて」
「そんなこと……甘やかしたら、つけあがるからさ……」
「甘やかすと、認めるは、違うわ。私にしてくれるみたいに、優しくしてあげて」
「……わかった。わかったから、来月から、来てくれるよね?」
「うん。約束、守ってね」
そういえば、一緒にバイトしてる時も、生徒とか後輩には全く、嫌われてたよね。
「よかった……約束のキスしよう」
「ちょっと、こんなとこで……」
「いいじゃん、誰も見てないよ」
その目の前の窓! カーテンもブラインドもないし、外から丸見えじゃん。
「チュウしようよ」
「もう、ダメだって……」
唇が触れようとした瞬間……
「所長……あの……」
「相田! なんだよ!」
「お時間が……」
「ああ……そうか……ごめん、アポがあったんだ。ちょっと、出かけないと……」
「うん。いってらっしゃい。私ももう、帰るね」
「藤木に送らせるよ」
「いいよ、タクシーで帰るから」
「そう……気をつけてね……」
外には山内くんがイライラした顔で待ってて、二人は無言で出て行った。うん。相当、仲悪いみたいね。
カップを片付けようとすると、相田くんが、慌ててトレイを持ってきた。
「片付けくらい、するよ」
「いえ! 所長に叱られますから!」
そう言って、いそいそとカップを片付けに行った。かわいそうに。なんて横暴な上司なのかしら。
藤木くんは、能面のような顔で、パソコンに向かってる。でも、悪い子じゃなさそう。
「私、どこに座ったらいいかしら」
藤木くんは、ちらりと私を見て、相田くんの横のデスクを指差した。
「そこ、空いてますから」
「はい」
今日引き上げてきた文房具をデスクに並べて、ノートパソコンを設置。
「ネットとかつなぎたいんだけど……」
「やっときますよ」
「そう、ありがとう。苦手なの、そういうの」
藤木くんは、なんとなく田山くんに似た感じ。少し、田山くんより、若いのかな。
「藤木くんって、何歳?」
気さくに話しかけると、彼はちょっと表情を緩めて、私の顔を、見てくれた。
「三十二です」
「相田くんは?」
「二十四です。山内さんが、三十八だったかな。……あの、佐倉さんは……」
「私? 私は、所長と一緒よ。四十。今年、四十一になるの」
「そうなんですか……四十には見えませんね。ていうか、所長、四十だったんだ……そう考えたら、若くみえるなあ」
「なんか、チャラいでしょ?」
私の言葉に、藤木くんも思わず笑って、お客さんとかによく言われますって、苦笑した。
ちょっと、大丈夫? ビジネス相手にも言われちゃうくらいの、チャラさなの?
「そろそろ、昼行きます」
ああ、もうこんな時間。言われてみたら、お腹すいたな。
「食べるところ、あるの?」
「駅前に、サテンがあります。おい、相田、お前、どうする?」
「あ、僕はコンビニで買ってきたんで……」
「そう。じゃ、出るから」
「あっ、私も行く。駅前まで、連れてって」
私は藤木くんと、駅まで歩いた。距離は五分くらい。電車でも通えるね。実は、車の運転、苦手なの。
「この階段を降りたら、改札です」
「うん、ありがとう。あの、来月から、よろしくお願いします」
「……こちらこそ。失礼します」
藤木くんは何か言いたげだったけど、軽く会釈して、喫茶店に入って行った。
私は階段を降りて、改札へ。
昼間の駅はほとんど人がいないけど、電車はすぐに来て、三十分程で、家に着いた。
「失礼します……」
相田くんがオドオドしながら、コーヒーを出してくれた。
「ありがとう」
私が微笑むと、ちょっとほっとしたみたいに、一礼して出て行った。
「ねえ、もうちょっと、部下の子達、大切にしないと」
「は? 会計事務所なんかこんなもんだよ」
「そうかもしれないけど、これじゃあ、覇気も上がらないじゃん」
「一般企業と違って、こういう事務所は奉公みたいなもんだからね。俺もこうやってきたし」
慶太は、デスクにふんぞり返って、ドヤ顔で、偉そうに笑った。
な、なんか、ムカつく。すっごいムカつく! イライラする!
「私、こんな暗い事務所で働くの、イヤ」
「えっ?」
「もっと覇気のある、活気のある職場じゃないと、仕事できない」
私の言葉に、慶太は動揺して、横に座って、
「そんな……どうしたらいい?」
「上司としての態度を改めて」
「改めてって……どう、やって?」
「部下をバカにしたり、むやみに叱責したりしないで、認めてあげて」
「そんなこと……甘やかしたら、つけあがるからさ……」
「甘やかすと、認めるは、違うわ。私にしてくれるみたいに、優しくしてあげて」
「……わかった。わかったから、来月から、来てくれるよね?」
「うん。約束、守ってね」
そういえば、一緒にバイトしてる時も、生徒とか後輩には全く、嫌われてたよね。
「よかった……約束のキスしよう」
「ちょっと、こんなとこで……」
「いいじゃん、誰も見てないよ」
その目の前の窓! カーテンもブラインドもないし、外から丸見えじゃん。
「チュウしようよ」
「もう、ダメだって……」
唇が触れようとした瞬間……
「所長……あの……」
「相田! なんだよ!」
「お時間が……」
「ああ……そうか……ごめん、アポがあったんだ。ちょっと、出かけないと……」
「うん。いってらっしゃい。私ももう、帰るね」
「藤木に送らせるよ」
「いいよ、タクシーで帰るから」
「そう……気をつけてね……」
外には山内くんがイライラした顔で待ってて、二人は無言で出て行った。うん。相当、仲悪いみたいね。
カップを片付けようとすると、相田くんが、慌ててトレイを持ってきた。
「片付けくらい、するよ」
「いえ! 所長に叱られますから!」
そう言って、いそいそとカップを片付けに行った。かわいそうに。なんて横暴な上司なのかしら。
藤木くんは、能面のような顔で、パソコンに向かってる。でも、悪い子じゃなさそう。
「私、どこに座ったらいいかしら」
藤木くんは、ちらりと私を見て、相田くんの横のデスクを指差した。
「そこ、空いてますから」
「はい」
今日引き上げてきた文房具をデスクに並べて、ノートパソコンを設置。
「ネットとかつなぎたいんだけど……」
「やっときますよ」
「そう、ありがとう。苦手なの、そういうの」
藤木くんは、なんとなく田山くんに似た感じ。少し、田山くんより、若いのかな。
「藤木くんって、何歳?」
気さくに話しかけると、彼はちょっと表情を緩めて、私の顔を、見てくれた。
「三十二です」
「相田くんは?」
「二十四です。山内さんが、三十八だったかな。……あの、佐倉さんは……」
「私? 私は、所長と一緒よ。四十。今年、四十一になるの」
「そうなんですか……四十には見えませんね。ていうか、所長、四十だったんだ……そう考えたら、若くみえるなあ」
「なんか、チャラいでしょ?」
私の言葉に、藤木くんも思わず笑って、お客さんとかによく言われますって、苦笑した。
ちょっと、大丈夫? ビジネス相手にも言われちゃうくらいの、チャラさなの?
「そろそろ、昼行きます」
ああ、もうこんな時間。言われてみたら、お腹すいたな。
「食べるところ、あるの?」
「駅前に、サテンがあります。おい、相田、お前、どうする?」
「あ、僕はコンビニで買ってきたんで……」
「そう。じゃ、出るから」
「あっ、私も行く。駅前まで、連れてって」
私は藤木くんと、駅まで歩いた。距離は五分くらい。電車でも通えるね。実は、車の運転、苦手なの。
「この階段を降りたら、改札です」
「うん、ありがとう。あの、来月から、よろしくお願いします」
「……こちらこそ。失礼します」
藤木くんは何か言いたげだったけど、軽く会釈して、喫茶店に入って行った。
私は階段を降りて、改札へ。
昼間の駅はほとんど人がいないけど、電車はすぐに来て、三十分程で、家に着いた。