だから、無防備な君に恋に落ちた
もうしない
『航汰ー』
今日は家庭教師の日。
階下から、母親に呼ばれ、渋々といった顔で階段まで移動する。
あんなことがあっての今日。
強引なキスだったのに、今日も勉強を見にきてくれたんだな…
『航汰ー』
もう一度呼ばれ、俺は静かに階段を下りていく。
『返事くらいしなさいよ!』
『あーうん、寝てたから…』
俺は眠いふりをして、最後の一段を下りた。
『ったく、あんた、一応は受験生なんだからシャキっとしてよね?』
そう言って、母親は俺の背中を一発思い切り叩いた。
ーバシッ…
言いようのない痛みが背中を襲うけど、俺は声も出さずに、そのまま階段を上がっていった。
『ちょっと、あんた絵美先生にご挨拶は?』
背後で母親にそう問いかけられるも、振り返れない。
てか、振り返ることができない。
あんなことして、あんなこと言って、“生徒”っていうか…なんていうかもっと格下げされてそうな気がするし。
てか、まだ怒ってる…よな、きっと。
『…今日も宜しくお願いします』
俺の返事に不満なのか、背後で母親はブツブツと文句を言っていたけど。
俺は無視して階段を上っていく。
『あ、じゃ…今から勉強始めますね』
そう言って、絵美ちゃんも階段を上ってくる。
あと、もう少ししたら、部屋には二人だけ…
気まずい…
俺は部屋のドアの前で立ち止まり、横目で確認する。
『…どうしたの?』
明らか、さっきまで母親と話していた声色とは違っていたけど、絵美ちゃんは声をかけてきてくれた。
『……今日、来たんだ?』
俺の言葉にひと呼吸の間があって、
『…仕事、だから…』
絵美ちゃんはそう、答えた。
俺はその返事を聞いて、部屋のドアを開け、部屋に入っていく。
その後に続いて、絵美ちゃんも俺の部屋に入る。