だから、無防備な君に恋に落ちた
静かに時が流れる。
『…絵美ちゃ』
『今は授業中です』
俺の言葉を遮り、絵美ちゃんはノートを見つめながら、そう言った。
『あのさ…この間のことなんだけど』
『次の問題を解いて』
絵美ちゃんは俺とは授業以外の言葉を交わさない、そう決めているかのように、尽く俺からの問いかけにスルーした。
『この問題』
『航汰くん、授業に集中して……って、この問題がなに…?』
絵美ちゃんは慌てて、俺の言葉に聞き返してくる。
『…この間は、ごめん』
壁に掛けられた時計の針の音が異様に大きく聞こえる、それだけ静まり返った中、俺は絵美ちゃんに謝罪した。
『………本当だよ…』
少しの間があって、絵美ちゃんはそう言った。
『大人だから?
仕事だから?
…だから、そんなに冷静でいられんの?』
『…冷静…?』
『あんなことされました、とか言えば俺の家庭教師だってやめれたじゃん…。
なのに、なんで今日も来たの?』
分かってる。
俺が期待してる言葉が返ってこないのは。
でも、それでも、馬鹿な俺は絵美ちゃんに求めてしまう。
『……一度、受けた仕事は頑張って貫き通したいの。
それに…キス…されたくらいで、私の気持ちは変わらない…から…』
『…へー…』
俺はチラッと横目で、絵美ちゃんの顔を見る。
怒ってるの、悲しいのか、チラッと見ただけじゃ分からないけど。
でも、絵美ちゃんの言葉は真剣だったから。
『…もう、あんなことしないで』
『…分かった』
…、そう答えてしまったんだ、きっと。
『…ごめん…』
気まずい空気が部屋中に溢れているけど、それでも不思議と絵美ちゃんに謝れた俺は、なんだかホッとしていた。