だから、無防備な君に恋に落ちた
『航汰、いるんだったら返事してよ?
もうお見えになってるんだから、あんたからもご挨拶して!』
母親はそれだけ言って、俺を置いて、階段を下りていく。
俺は渋々といった顔で階段を一段一段下りていく。
家庭教師とか、ウザっ!
家庭教師なんて俺には必要ねぇって、全く!
『航汰ー』
そう呼ばれて、顔を上げると、階段をあと三段残したところで、一人の女性、いや一人の女の子がにこやかに微笑みながら立っているのが目に入った。
…女…?
いや、女の子…?
『はじめまして。
佐々木 絵美と申します。
今日から航汰くんの勉強を見ることになったので、よろしくね』
目の前の女、いや女の子はそう言って、更に微笑んだ。
艶のある真っ黒な髪をポニーテールにして、パッチリ二重の目に、血色のいい頬、厚みのある唇。
パーツで見れば女の人、でも、なんだか全体的に女の子。
多分それは童顔なのが影響してるんだろうけど。
『ほら、航汰もご挨拶なさい!』
母親に言われ、俺は軽く会釈した。
そんな態度にも、その人はふんわり微笑んでいて、今まで出逢ってきた、どんな女の子よりも俺の胸にスっと入ってきた。
『じゃ、早速、航汰くんのことを教えてくれるかな?』
その人はそう言って、母親の後に続いて階段を上り始めた。
俺は母親に急かされ、下りてきた階段を再び上り始めた。
俺の部屋に来ると、母親は“お茶をお持ちしますね”、そう言って階段を下りていく。
『航汰くん、よろしくね』
その人はそう言って俺に手を差し出した。
ふと開けっ放しにしていた窓から季節外れの涼しい風が入り込んで、その人の髪の毛を揺らした。
揺れた髪からフワッと香る、甘くて優しい香り。
俺の心臓の鼓動は急に速くなり、それを悟られまいと俺も手を差し出した。
『…よろしくお願いします…』
俺の言葉に、その人は優しく微笑んだ。
突然、家庭教師としてやってきたその人は、突然、俺の心にも入ってきた。
多分、きっと、あれを一目惚れというんだろう。