だから、無防備な君に恋に落ちた
そして、次の家庭教師の日がやってきた。
ピンポーン…
家のインターホンが鳴り、母親がいつものように絵美ちゃんを迎え入れた。
一つ、変わったのは、今までは“絵美先生”と母親は呼んでいたのだけれど、“絵美ちゃん”と呼ぶようになったこと。
俺の影響、とかってやつらしいけど。
『さぁ、どうぞ』
絵美ちゃんが靴を玄関先で並べている後ろ姿が見える。
俺は初めて、絵美ちゃんを玄関で迎え入れた。
『航汰がめずらしいわねー』
とか、母親は呑気に言ってたけど。
俺は笑えない、母親の言葉を受け流し、そして、できるだけ普通の顔で、
『佐々木先生、今日もよろしくー』
そう、言った。
『あら、珍しい!
航汰、いつも“絵美ちゃん”って呼んでたじゃない?』
母親は俺の顔を覗き込みながら、そう問いかけてくる。
『そ?
いやーあんまり俺が“ちゃん付け”で呼ぶもんだから、“先生って呼びなさい”って言われちゃってさー』
その言葉に、絵美ちゃんは驚いた顔をする、でもそれはすぐに笑顔になりきれてない、でも一生懸命の笑顔を見せた。
『ま、それに最後くらいは、“先生”って呼ばないとね』
『最後?』
『……最後?』
絵美ちゃんと母親が一度に俺に視線を向ける。
『母さんさ、俺、この夏の間に合格安全圏に入ったし、あとは一人で乗り切れると思うんだよね、だからもう家庭教師は必要ないわ』
『え、あんたそんなこと、もっと早く相談してよ!』
母親は怒ってたけど、絵美ちゃんは笑顔をなくして、そして俯いた。
『まー、いいじゃん?
親の希望通りの高校には行くんだし?
とりあえず今月は佐々木先生にびっしりやってもらうからさ』
俺の言葉に母親は納得いかない顔をしていたけど。
でも、俺は笑って、絵美ちゃんを出迎えた。
『先生、よろしくー』
でも、絵美ちゃんは俺とは目も合わせてくれなかった。
そっか。
まぁ、この間のことね。
あの日からずっと考えてた。
きっと、あの後、絵美ちゃんはお店に戻って、そんであの人と楽しくお茶をして、そんで“好き”とか言って、あの人の彼女になった、そんな流れをずっと妄想してた。
だから、俺と目を合わせないのは、俺の気持ちを知ってる絵美ちゃんの最大の優しさ、なんだよな、きっと。
『はい、どうぞ』
俺はそれだけ言って、リビング階段を上がっていく。
絵美ちゃんは一度ためらって、そして俺の後から上ってきた。