だから、無防備な君に恋に落ちた
『……う……うん……』
ベッドの方から声が聞こえて、俺はベッドに視線を向ける。
絵美ちゃんが目を覚まし、こちら側に顔を向ける。
お互いの視線が合い、絵美ちゃんは体ごとこちら側に回した。
『…平気?』
俺が声をかけると、絵美ちゃんは首を縦に振って、微笑んだ。
『水、取り替えてくるよ』
俺はこのイライラした気持ちのまま絵美ちゃんの傍にいたくなくて、桶を持ち、立ち上がった。
『…航汰くん……』
でも、絵美ちゃんは俺の名前を呼ぶ。
振り返らないまま、絵美ちゃんの次の言葉を待つ。
『…ごめんね……私…ちゃんと航汰くんと話したくて…それで……』
『……………』
“話したくて”、絵美ちゃんの言葉に胸が痛む。
それは、絵美ちゃんの口からあの人と付き合うようになったよ、それのこと?
聞きたくない。
聞きたくない。
『…あのね…私ね……』
『さっき、あの人から連絡あったよ?
だいぶ長い着信だったから、ごめん、勝手に出ちゃった。
絵美ちゃんに熱があるって言ったら心配してたから、もう少し体が良くなったら連絡いれた方がいいよ?』
『……え…先輩から…?』
俺は振り向いて、首を縦に振る。
絵美ちゃんは目を見開いて、そして大きい瞳で俺を見つめる。
『あ、伝言頼まれてた。
“絵美の誕生日に行く水族館のチケット取れた”だって』
『………え………』
俺の言葉に絵美ちゃんの目がキョロキョロと動き出す。
『良かったね、絵美ちゃん。
絵美ちゃんの大好きな人がお祝いしてくれるなんて最高じゃん?
てか、おめでとう、絵美ちゃん』
俺は、そう言って、微笑む。
『………おめでとう…?』
でも、絵美ちゃんの顔は怪訝そうなものに変わる。
『え、だって付き合ってるんでしょ、あの人と?』
『……………』
『わざわざさー俺に釘を刺しに来なくていいから!
俺だって受験生よ?失恋した事実に更に釘を打たれたら受験どころじゃないって』
『…私、先輩と』
『おめでとう、絵美ちゃん』
聞きたくないんだ。
絵美ちゃんの口から、“付き合うようになった”とか“彼氏彼女になれました”とか。
否定はしない。
言い返す言葉もない。
だから、そういうことなんでしょ、絵美ちゃん?
『とりあえず、熱が下がったら帰りな?
てか、最初からその人のところに行ってよ、絵美ちゃん』
『……………』
絵美ちゃんの返事はなかった。
『充分、絵美ちゃんは俺に誠実な態度で対応してもらったし?
もうさ、来ないでね』
俺はそのまま桶を持って、階段を降りていった。