琥珀の記憶 雨の痛み
「じゃ」と短い別れの言葉を言って、ユウくんは傘から出て行こうとする。


あなたこそ、どうしてバスケを辞めてしまったの?

それは傘を差さない理由と関係があるの?
僅かな血にも青ざめた理由とは関係があるの?

高校辞めてまで働いている理由とは。
急いで正社員にならないといけない理由とは。


追究するセリフは喉元でつかえて出てこない。

代わりに出て来たのは、

「風邪ひかないようにね――名倉祐仁」

……彼のフルネーム。

これだけで恐らくは、私が彼を思い出したことが伝わる。


立ち止まった時には既に傘の外だった。
濡れるんだから、急いで帰ればいいのに。

被ったタオルもどんどん水を吸って、もう雨除けにはなりそうにない。
その下から覗いた目は驚いたような焦ったような――だけど、睨みつけるような冷たい目ではなかった。


「――メグとナツには言うなよ、気付いてねえから」

「え、ケイは」

「あいつはすぐ気付いたみたいだけど。あんたも今さら気付くとは思わなかった」

「別に隠さなくても……」

「あの2人はめんどくせえ」


言われて、そう言えばあの2人は中学の頃、名倉祐仁の追っかけだったことを思い出した。
うちのチームの試合がない日も大会会場へ出向いて、スポーツドリンクとか差し入れなんかもしていた気がする。

それなのに気付かないって、なんだか。

私の苦笑に気が付いたのか、「だろ?」と同意を求めるように彼も少し笑った。


多分感じただろう私が飲み込んだ沢山の疑問について、彼が触れることはなかった。

こうして2人で話すことにようやく恐怖心や居心地の悪さを抱かなくなったのに、そこに触れたら、また分厚い壁でシャットアウトされる気がする。

彼が何も語ろうとしなかったことで半分ホッとして、半分モヤモヤが残る。
私が立ちすくんでいる間に、ユウくんは全てをかき消す雨の向こうへ文字通り消えていった。
< 129 / 330 >

この作品をシェア

pagetop