琥珀の記憶 雨の痛み
「莉緒さぁん! これどっちですか?」
チェッカー側に立っているのは、最近入ったばかりの女の子だ。
ひょろりとした長身が、頼りなく弱々しい感じに私を見下ろしながら甘えてくる。
地毛をさらに黒く染めたんじゃないかってくらいの重い色の長い髪をいつもふたつに結んだおさげと、野暮ったい分厚い眼鏡が彼女を真面目に――そして少しだけ陰鬱に見せる。
「それは3番」
と、横から小声で教える。
まだ鮮魚の区別が付かないのだ。
あえて、タッチパネルの位置で教える。
『それはアジ』と言ってやるべきところだけれど、そういうやり取りを下手にお客様に聞かれると、お小言を言われる時もあるからだ。
実際彼女は数日前にも同じ質問をして、その時お客様から、『サバとアジの区別もつかないの? これだから最近の若い子は……』と延々と言われていたはずなのだけど。
おどおどしているから余計、そういうお客様に狙われやすい。
そして恐らく怒られたことだけが強く印象に残って、サバとアジの見分けなど頭に入らなかったのだろう。
今日のお客様はちらりと目線を上げただけで、彼女の胸に付いた『研修中』バッジを見て納得したようだった。
どこにもレジ待ちの列は出来てない。
天気の悪い日曜日の中途半端な時間で、食品フロアの客足が増えるまでにはまだ少し時間があった。
金銭授受を終えてお客様が途絶えたのを見計らい、レジにそっと停止版を置くと背の高い彼女が不思議そうに首を傾げた。
「暇だから、ちょっと売り場勉強しにいこっか」
笑いかけると、「はい!」と歯切れの良い返事が来る。
そして彼女はすぐさま、ポケットから小さなメモ帳とペンを取り出した。
こういう些細なところでも、やっぱり彼女の真面目さを感じる。
チェッカー側に立っているのは、最近入ったばかりの女の子だ。
ひょろりとした長身が、頼りなく弱々しい感じに私を見下ろしながら甘えてくる。
地毛をさらに黒く染めたんじゃないかってくらいの重い色の長い髪をいつもふたつに結んだおさげと、野暮ったい分厚い眼鏡が彼女を真面目に――そして少しだけ陰鬱に見せる。
「それは3番」
と、横から小声で教える。
まだ鮮魚の区別が付かないのだ。
あえて、タッチパネルの位置で教える。
『それはアジ』と言ってやるべきところだけれど、そういうやり取りを下手にお客様に聞かれると、お小言を言われる時もあるからだ。
実際彼女は数日前にも同じ質問をして、その時お客様から、『サバとアジの区別もつかないの? これだから最近の若い子は……』と延々と言われていたはずなのだけど。
おどおどしているから余計、そういうお客様に狙われやすい。
そして恐らく怒られたことだけが強く印象に残って、サバとアジの見分けなど頭に入らなかったのだろう。
今日のお客様はちらりと目線を上げただけで、彼女の胸に付いた『研修中』バッジを見て納得したようだった。
どこにもレジ待ちの列は出来てない。
天気の悪い日曜日の中途半端な時間で、食品フロアの客足が増えるまでにはまだ少し時間があった。
金銭授受を終えてお客様が途絶えたのを見計らい、レジにそっと停止版を置くと背の高い彼女が不思議そうに首を傾げた。
「暇だから、ちょっと売り場勉強しにいこっか」
笑いかけると、「はい!」と歯切れの良い返事が来る。
そして彼女はすぐさま、ポケットから小さなメモ帳とペンを取り出した。
こういう些細なところでも、やっぱり彼女の真面目さを感じる。