琥珀の記憶 雨の痛み
赤ジャージの人とは特別な関係ではなくただの友達だと、分かってくれたんじゃなかったのか。

母の思考はもう一度そこに戻った上に、『まさか』に続く言葉は、私の想定し得る誤解の範囲を軽く飛び越えて行った。


「堂々と言えないような相手なのね」

「え……お母さん?」

「何を必死に隠してるの、さっきから」


ぎくりとしたのが、多分、顔に出た。
母はあからさまな溜め息と共に顔を強張らせた。

そして――。

「奥さんがいる人はダメよ。他人のモノに手を出しては、絶対にダメ」


――どこをどう解釈したら、そういう誤解に辿り着くのか。

けど私は、笑い飛ばすことが出来なかった。


ユウくんに奥さんなんかいない。
お母さんが思っているほど歳も離れてないし、そもそも私が好きなのは彼じゃない。
誤解は幾重にも積み重なって、ピントは大分ずれた。

的外れなことを真剣な顔で言う母を、笑えばいいのだ、私は。
なのに。


『他人のモノに手を出しては――』

ずしりと重く響いたのは、母と父の過去を聞いた後だからか。


それとも。
ナツから尚吾くんを奪おうとしている、後ろめたさのせいなのか……。

尚吾くんはナツのものじゃない。
そんなことは分かっているけど、でもナツからしたら、私がしようとしていたことは。


「莉緒。聞いてるの? 不幸になるのよ、あんたも周りも。その覚悟がないならやめなさい」


ハッと顔を上げると、母が真っ直ぐに目を見つめていた。
怒っている顔ではなかった。

ひどく、悲しそうだった。
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