琥珀の記憶 雨の痛み
結局私は、母のおかしな誤解を解くためだけに、小さく積み重ねた嘘をひとつひとつ訂正していった。

ユウくんが未成年なのに煙草を吸うことはバレてしまったけれど、変な誤解で母に悲しい顔をさせるよりはよっぽど良い。

思いの外母が彼の喫煙に対して寛大だったのは、ユウくんの高校中退という経歴のためだった。

『制服脱いだら大人と同じ』――どうやらそういう基準らしい。

友達付き合いをすること自体否定されるかと思っていたのに、

「一緒になって吸わなきゃ別にいいわよ」

と、母はどうでも良さそうに言ってのけた。


だけど、制服のまま煙草を吸う友達もいるとなればどうなるのか。
やっぱりそこは怖くて、口が裂けても言えないと思った。


「お父さんも、煙草吸ってたよね」

敢えてそこに触れたのは、知られたくない部分から話を逸らすためだった。
母は少し驚いたような顔をして、「そこは覚えてるんだ」と呟いた。


「莉緒はあんまりお父さんのこと覚えてないんだと思ってた、なんとなく」

「あ、うん、ほとんど……」


3歳までくらいしか一緒に暮らしていなかった私の中に、父が煙草を吸っていた、という明確な認識があったわけじゃない。

どんな父親だったのか、休みの日には家族でどこかに出かけたりしたのか、家ではどう振る舞い、どんな話をしたのか。
ほとんどどころか、何一つ覚えていないと言っても過言じゃなかった。


ただ隣でくゆる煙や身体に滲みついたみたいな匂いに慣れているはずがない自分が、それをどこか『懐かしい』と感じた――、思い至ったきっかけは多分、そんな曖昧な感覚だ。
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