琥珀の記憶 雨の痛み
「あれ。新田さん、帰るの?」

ノートやペンケースをバッグにしまって立ち上がりかけたところに、隣の席の男の子が声をかけてきた。
嶋田くん――確か部活には入ってたと思うけど、運動部ではなかったような。

補講は自由参加だけあってかなり自由で、時間割に都合が合わなければ他のクラスにも混じれる。
だから指定席ではないけど、なんとなくみんないつも決まった席に座るようになっていた。

彼とは今年から同じクラスになったけれど、補講が始まってこの配置になるまでは、ほとんど話したこともなかった。


「うん、この後バイトなんだ。ホントは次のがヤバいんだけどね」

苦笑しながらそう言うと、嶋田くんは黒板の隅に目を走らせて「ああ」と呟いた。
多分、端っこに小さく書かれてる時間割を確認するため。
次は数学だ。


「新田さん、文系だっけ」

と、どこか納得したような言い方に、つい考え込んでしまう。
曖昧に「多分」と返すと、何が可笑しかったのか、嶋田くんは小さく吹き出した。


どちらかと言えば、中学までは理数系の方が得意だったのだ。
特に国語の読解みたいな曖昧な感情論じゃなく、明確に論理立てて解答を導き出せるところが好きでもあったはず。

数式にやたらと記号が増えた頃からなのか、それとも過程を平面で補えなくなった頃からなのか、躓きはじめがどこにあったのかなど分からない。
けど、確かに今、私が苦手にしているのは理系科目の方だった。


「ノート取っておこうか?」

「あー……ありがたいけど、遠慮しとく。正直、数学のノートって人の見てもさっぱり」

肩を竦めて見せると、嶋田くんも「だよね」と笑った。


解法はテキストに書いてある。
基本的に数学のノートに書きこむのは練習問題の計算式とかばかりで。
だから、やたらとノートに書く分量が多い割に、必要な板書はほとんどない。

その板書だって先生の話を聞きながら書き留めなければ、後から見てもテキストと重複するだけの内容で。
つまり、その場で説明を聞いてなければあまり意味がない。
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