琥珀の記憶 雨の痛み
「呼び止めてごめん」

と、嶋田くんは私の時間を気にしてくれたみたいで、首を横に振って答えた。

今からバイトとは言え、社食でのんびりお昼を食べてから入れるくらいの時間の余裕は計算してあった。


夏休みに入って、子持ちのパートさんたちがシフトを減らしている分や社員さんたちが交代で夏期休暇を取る間、学生バイトたちが戦力として頼られている。

他の学生バイトたちは、休みを利用してこぞって8時間フルでシフトインしていた。
普段は夕方から閉店までの時間帯に入ることが多いけれど、朝から夕方とか、お昼から閉店までとか。


お店が混む時間帯は決まっているから、私はなるべく普段通り、夕方の混む時間にまわるようにしていた。
午後一からだったり、夕方からだったり日によってまちまちだ。

それでも普段よりも稼働人員が少ないため、ほぼ毎日出勤に近いんだけど。
周りが毎日フルで入っているのと比べると、だいぶ自由が利く方だ。


次のコマを最後まで受けてたらさすがに間に合わない、というだけで、そんなに急いでいるわけではない。


どちらかと言えば無いのは嶋田くんの時間の方だ。
もうすぐ休憩が終わって、次の――数学の滝先生が現れる頃だもの。


「新田は2学期からの選択科目は、じゃあ文系コースか」

私が急いでない雰囲気が伝わったのか、彼はまだ話しかけてきた。
『さん』が取れたことに気付いたけど、その方が話しやすい。

「そうなると思う……なんだかもう、授業にさっぱりついてけないんだもん」


富岡は受験に供えて、3年になれば理系・文系とそれから医療系の3枠で、クラスも授業も完全に別れることになっている。
その準備段階みたいな感じで、休み明けから選択科目が導入されるのだ。

文系に進むためではなく理数系から逃げるような選び方は情けなくて、なんとなく照れ笑いで誤魔化した。
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