琥珀の記憶 雨の痛み
「はは! しょうがないよ、滝先生教えるの下手だもん」

「ええっそうなの!? あ――……」


ちょうどチャイムが鳴って、既に廊下で待機していたのか、このタイミングで滝先生が現れた。

色の付いたチョークでちょこちょこ汚れた白衣を着た先生が、教壇に向かう途中でチラリとこっちを見てくる。
まさか、聞こえたわけじゃないと思うけど……。

嶋田くんが目配せしてきて、思わず笑いが込みあげそうになった。


補講が始まる。
慌てて小声で「じゃあね」「また」と短く交わし、頭を低くしたまま教室から逃げるように抜け出した。


「莉ー緒っ」

廊下に出てすぐ、別の声に呼び止められた。

「亜樹!」

教室の窓もドアも全開だから、ここで騒げば声は中に筒抜けだ。
つい大きな声で呼び返してしまってから口を押さえた。


「亜樹は、これから部活?」

と、少し声を落としながら廊下を歩く。

亜樹とは中学から一緒で今は同じクラス。
さっきまでの補講も一緒に受けていた。

テニス部所属で、うちのテニスコートは屋外だから、よく日に焼けている。


――そう言えばあの人もテニスをしてたって言ってたっけ……。
頭に浮かんだ顔を一瞬で追いやって、亜樹に笑いかけた。


「うん、あと30分くらいで集合。莉緒はこの後バイトかー。毎日毎日、大変じゃない?」

「バイト、それなりに楽しんでるよ」

と、気遣ってくれる亜樹に返す。
仕事はむしろ、どんどんやり甲斐が出て楽しくなってきている。


「夕方からとかお昼からとか半日シフトの方が多いし、部活の方がずっとハードだった。それに、ナツとかメグなんかが毎日フルで入ってるのと比べたら、私は楽してる方」

同中の共通の友達の名前を出すと、亜樹は「ああ」と笑った。
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