琥珀の記憶 雨の痛み
この先にあるのは男女別の更衣室だけで、当然彼の行先もそこなのだろう。
既に着替える準備にでも入ったつもりなのか、ネクタイを乱暴に緩めながら「ああ」と彼は片側だけ口角を上げた。

あ、私の嫌いな嗤い方だ。
絶対何か嫌なこと言われる、と、反射的に眉間に皺が寄った。


「制服以外に着るものないのか。だからって商品に手ぇ出すなよ」

ふっと鼻を鳴らしながら顎をしゃくった先にあるのは、私がさっきまで触れていたワンピースだった。

見られてた――、そう気付いて、カッと顔が熱くなった。


「似合わねえよ、ソレ」

追い打ちかけるように馬鹿にしたように言われると、自分だって分かっていたことなのに、刺さる。

「べ、別にっ! 欲しくて見てたんじゃっ」


私のムキになった言い訳なんかどうでも良さそうに横をすり抜けて行く彼に、どうしても何か言い返したかった。
けど。

あ、あんただって、スーツなんか似合ってないし!
――とは、悔しいが、言えない。


同年代の男の子がスーツなんか着たって、高校の制服の印象止まりか下手したら七五三みたいになりそうなものなのに。
体格のせいか妙に大人びた雰囲気のせいか、ユウくんには服に着られている印象はなかった。

むしろ普段よりも大人びて見えて、こういう時たまに、たった1つの歳の差を思い出す。


「……なんで今日、スーツなのよ」

「あー、本社」

「えっ、今日だったの!?」


正社員登用の最後の試験が本社での面接だという噂は耳に入っていたけれど、じゃあ、それが今日だったんだ。


「どうだった!? 何聞かれたの? 受かりそう!?」

他人事ながら興奮して飛びついた私に面倒臭そうな一瞥をくれて、ユウくんは男子更衣室の扉を開けた。


「いつまで見てんの? ……覗く?」

「――ッ!!」


見下したような冷たい目で嗤ったのを最後に、扉の向こうへ消えていく。
悔しくてその扉を蹴っ飛ばしたら、中からまた馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。
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