琥珀の記憶 雨の痛み
1ヶ月前に『もう2人きりにはならない』と決意したはずのユウくんと、だからと言ってこういった偶然が作る時間は避けられない。

最初はあからさまに迷惑そうに私を避けようとしていた彼も、私がいつまで経ってもナツ達との関係性を変えようとしないことに気付いたからか、また前のように顔を合わせれば口を聞いてくれるように戻っていた。


他の学生バイトたちよりも少しずつあがる時間が遅くなっていくユウくんが出てくるのを、1ヶ月前のあの雨の日みたいに1人で待つ、ということだけはしなかった。

その『約束』?――を守ることに、今となっては何の意味があるのかどうかも分からないけれど。


「そうか、ついに……」

ユウくん、正社員になるのか。
いや、まだ受かったのかどうかは分からないけど。
妙に感慨深くて、自然と独り言が出ていた。 


バイト前なのに時間を食ってしまったことに気が付いて、慌てて更衣室に駆け込む。

時計を確認すればシフトの開始時間まではまだ余裕はあるけれど、これから混雑してくる食堂の席を彩乃ちゃんが取っておいてくれてるんだった。
いつまでも空席を確保させていると彩乃ちゃんが睨まれてしまう。


『先輩ももうすぐ休憩だって――』


彩乃ちゃんと、3人か。
……やだな。

ユウくんも、これからご飯かも。
仕事の前に社食来ないかな。
……いや、やっぱそれも嫌か。


ウジウジした自分に、呆れる。
でももう、どこか慣れてしまっていて。

必死になることも、躍起になることもない。
ざわつく気持ちに蓋さえしてしまえば、むしろ穏やかですらあった。


汗は引いたけど、やっぱり外が暑かったせいか喉がカラカラだった。
ロッカーに突っ込んだスクールバッグの中から、残っていたスポーツドリンクを出して飲み干した。


ふと、バッグにぶら下がって揺れている石が視界に入る。
『覚悟』とやらがまだ分からない私にとっては、自分の気持ちを塞ぐことによって文字通り心を守ってくれるだけの『お守り』だった。

この石は私を縛り付けることもないけれど、背中を押してくれることも、ない。


――誰も傷つかないような『幸せな』恋なんて、どこにもないんじゃないだろうか。
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