琥珀の記憶 雨の痛み
「おめでとう?」と、三橋さんの話の内容を理解しきれなかったらしい彩乃ちゃんが小首を傾げた。

少し考えていた様子のタケはすぐに思い当たったのか、「正社員の話か」と破顔する。

「良かったな、ユウ!」


笑顔でストレートにお祝いを言ったタケの前で、私はせっかくのお祝いごとなのにお説教なんかした自分が恥ずかしくなった。

けど、当の本人は大して嬉しそうでもなく、「別に」と一言。


「本社の最終面接なんか通過儀礼みたいなもんだろ、受かるようになってんだよ。最終で落ちるようなヤツはそこまで辿り着かねえんだから」


……うわ。
祝ってくれてる友達に、ありがとうの一言も言えないのかこの人は。

最初っから受かる自信があったからって、そもそもなんでちっとも嬉しそうじゃないの?
自分で望んで受けたクセに、社員試験。

苛々した。
何か一言言ってやりたかった。


だけどそれを先読みしたみたいなユウくんにジロリとひと睨みされると、悔しいことに、その視線の冷たさに委縮する。


「いつまで食ってんの、アンタ。これから仕事だろ、遅れんぞ」

「――ッ」


何か言い返す暇もなかった。
いつの間にか空になっていた食器のトレーを持ち上げて、ユウくんはさっさと席を立って行ってしまった。

まだ少し時間はある、だから行先は、多分喫煙室だ。


結局おめでとうは言いそびれた。
説教したつもりが言い負かされて、悔しいし恥ずかしいし。

何より、自分が言ったことよりも彼が言ったことの方が正論のような気がしてきて気が立った。


乱暴に冷やし中華のトマトに箸を突き刺して八つ当たりすると、はす向かいから笑いを噛み殺したような気配がした。


「莉緒、そんな苛々してかき込んだら喉に詰まらせるよ」

「……だって――」


愚痴りかけて、さすがに飲み込んだ。

いくら今の距離に慣れてきたからと言って、タケにユウくんの愚痴を漏らすのは多分、正しいことではない。


もう、ずっと遠い昔のことのようだけど――、彼は確かに嫌がったのだから、私がユウくんの話をすることを。
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