琥珀の記憶 雨の痛み
「……莉緒さん? そんっなに嫌でしたか?」

唐突に呼びかけられて、「え」と間抜けな声で答えながら漸く身体の向きを戻すと、彩乃ちゃんは自分の眉間辺りを指して、

「ここ。めっちゃシワ寄ってます」

と指摘してきた。


うわ、そんなに顔に出てた?
恥ずかしい!
慌ててそこを伸ばすみたいにごしごしと擦ると、彩乃ちゃんは苦笑した。

それからシュンとした様子で「ごめんなさい」と小さく頭を下げる。


「そんな本気でユウさんのこと嫌がってると思ってなくて」

「――え、あ。あの、別に、生理的拒否反応とかそういうアレじゃないよ? あ、いや、好きじゃないけど別に……ああいや、恋愛感情はないって意味で……」


逆方向に過大解釈されたような気がして誤解を正そうとすると、やたら言い訳がましくて。
余計にややこしくなりそうで、溜め息と共に、それ以上喋るのを諦めた。


というか、私がユウくんを嫌いとかそういう問題ではなく。
彼が私を、という所を否定したいのだけど、そこはやっぱり彼女の中では揺るがない決定事項なんだろうか。


「莉緒はユウのこと、別に嫌ってるわけじゃないよ」

と、助け舟を出すみたいにタケが静かに口を開いた。


「そうなんですか?」と不思議そうに彩乃ちゃんが隣を見つめる。

それはまるで、『どうして先輩がそんなこと知ってるんですか?』と咎めているみたいだった。


「莉緒はユウを嫌ってるわけじゃない。ただあいつのことが苦手だったんだ」

「えー……全然そんな風に、見えないですけど」

と、彩乃ちゃんは不服そうだ。
彼女は普通に話せるようになってからの私たちしか見ていないから、納得がいかないのかも知れない。


「苦手だったんだよ」

妙にはっきりと、タケはそう言い切った。
有無を言わせないようなその言い方に、彩乃ちゃんは顔を強張らせて黙った。


彩乃ちゃんに言ったはずの彼の言葉は。
彼女の目を見ながら紡がれたはずのその言葉は。

――まっすぐに私の所に飛んできて、心の蓋を撃ち抜こうとする。
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