琥珀の記憶 雨の痛み
本当にいいんだろうか、という躊躇いは、確かにあった。
同時に、何でいけないんだろう、という疑問も。


だってみんな普通に出入りしているみたいだし、別にここに入ってお酒を飲もうとしているわけじゃない。
いや、そもそも制服で乗り込もうとしている私に、お酒を出すような真似はお店もしないだろうけど。


結局、目の前の未知の場所への好奇心と、今日の集まりに対して今までに膨らんでいた期待感の方が勝った。

正直に言えば楽勝だ。
足を踏み入れることに戸惑ったのは、看板を見た最初の一瞬だけだった。


みんなが揃ってずっと「行きたい」「楽しみ」と言っていたお店がどんなとこなのか、興味がむくむくと湧いてきた。

店内のBGMなのか、いやDJがいるってくらいだからその人が繰り出している音なんだろうか、お店の外まで重低音が漏れ聞こえてる。

外でこんなんじゃ、中はすごい騒音じゃないだろうか。
ちゃんと話とか出来るのかな。

でも空気を震わせて身体の奥に伝わってくる振動は、妙にむずむずと気分を高揚させた。


「莉緒、アドレナリン出てきた?」

「え、アドレナリン? これアドレナリンなの?」

「ははっ! 入ろう。DJブースの近くに席取れてるらしい」


アツシがお店の扉を開けた。

外の茹だる様なじっとりと蒸した空気と、中から溢れてきた冷やりと空調の効いた――けどそこに集まった人たちから発せられた熱気混じりの空気が、入口付近で不思議に溶け合って風が吹いた。

ココナッツの香りがした。
南国の風だ。
行ったことないけど。


薄暗い店内には音楽と不規則な電子音と、人のざわめきが充満していた。
電子音はどうやら、壁際に3つ並んだダーツの音だ。

思ってたよりも客層が若い、というよりも、確かにパッと見て高校生と分かる層も結構いる。
さすがに制服姿は見つからなかったけど。

彼らが普通にソフトドリンクで食事をしている姿を見て、少し安心した。


「今日は当たりだ、KaZがいる」

「……かず?」

聞き返すと、アツシがにやっと笑う。

「KaZ! 発音気を付けて」

全っ然分からない、『カズ』としか聞こえない!


「ほら莉緒、あそこがDJブース。中にいるのがKaZ、さっき話した、一番人気の高校生DJ」

くすくす笑って説明しながら、メグが店の奥まった場所を指差した。
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