琥珀の記憶 雨の痛み
やると決めたとは言え、こっちは心の準備が必要。
何しろ私はあがり症なんだ。

練習では入るシュートが何故試合では入らない、と、バスケの時、何度怒られたことか。


初めてで、しかも人前で……いや、誰も見てないんだろうけどそこは気持ちの問題だ。
とにかくいきなりあそこに立たされて、上手く投げれるはずがない。


「ごめん、ちょっとお手洗い。先に行ってて」

「りょーかい。トイレ、場所分かる? 一緒行こうか?」

メグの気遣いは断って、場所だけを教わった。


一旦1人になって落ち着かないと。
……って、別に下手だったからどうなるわけでもないんだけど。


ついでに、顔のテカりもチェックしよう。
店内が薄暗いとは言え外の夜の暗闇とは違って照明はある。
灯りの下で長時間近くにいるのだ、テカテカの顔は見られたくない。

誰に――いや、別に。
身だしなみだ、ただの。


トイレは陽気とエキゾチックが混じり合ったような、やけに落ち着かない内装が施されていた。

異国のご神体みたいな2頭身の木彫りの置物が洗面台脇に鎮座している。
一瞬不気味に見えたそれは、じっと見ているとどこか可愛げがあって、何かしらご利益がありそうだった。

せめて矢が的に刺さりますように。

無駄な神頼みをしながら鏡でチェックし、やはり浮いていたテカりをおさえた。

神様の窪んだ眼の奥がキラッと光った気がした。
うん、大丈夫。
って、どんな自己暗示だ。


あんまり時間をかけずに心の準備が整った。
早く戻ってみんなと合流しよう、他の人が投げるとこも見て教わらないと。


いそいそとトイレを出て、ダーツボードが並ぶ方へ向かおうとしたところで。


「新田!」

突然呼び止められた。

一瞬嶋田くんが出てきたのかと思いきや、彼は未だにDJブースで音楽を鳴らし続けていて。


「あ、なんだ……松本くん」


そこに居たのは、亜樹の彼氏の松本くんだった。
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