琥珀の記憶 雨の痛み
松本くんはそれでも、ブースから自由に出てこられない嶋田くんのお使いという意地なのか、すぐには引き下がらなかった。


通路の真ん中で押し問答みたいになって、端から見たら少し揉めてるようにも見えたのかもしれない。

でも別にお互い声を荒げたわけじゃないし。
そんなに注目浴びたとは、思わなかったのだけど――。


「なあ、あんた」


背後、というよりも頭上から降ってきたとびきり低い声に、思わず飛び跳ねそうになった。
松本くんの方は声の主とばっちり目が合ったようで、ぎょっと目を見開いて文字通り飛び跳ねた。


「連れに何か用」


――この、振り返らずとも分かる威圧感は。


「ちょ……ユウくん! この人友達だから、学校の! 無駄に威嚇しないでよっ」


振り返ればそこにはやっぱり、どす黒いオーラを纏って腕組みしたユウくんが、どどん、とでも擬音が付きそうな態度で松本くんを上から睨みつけていた。


「な、新田の知り合いかよっ! びびった、やべーのに絡まれたかと思った! 何、彼氏? さっき席にはいなかったみたいだけど今来たの? 新田、意外と怖面好みなんだなー」


ひぃ!
安心できたなら良かったですけど、なんか松本くん色々口滑らせすぎ!


「……なんで今日まで制服なんだお前。とことん頭悪ぃヤツだな」

ひっ、こっちは松本くんのセリフどころか存在ごと完全にスルーしてるし!


「こ、来れないんじゃなかったの!?」

「来れない、とは一言も言ってねえ」

「おーい。俺の存在無視して痴話喧嘩すんなよーお2人さん」

「痴話喧嘩じゃない! っていうか、彼氏じゃない!」

「なんだあんた、学校にもそういう男がいたのか」

「ちょっと、それどういう意味よ!」


ヒートアップしてたのは私だけだった。
一瞬の間を置いて、2人が吹き出したのはほとんど同時だった。
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