琥珀の記憶 雨の痛み
混乱、とは、ここまで身体の自由を奪うのか。
石みたいに固まって、全く動けない私に。


「――大丈夫だ」

囁いたのは、私をこうした張本人だった。


「怖がってる。もう、帰らせる」

と、全員に宣言するようにユウくんは言った。


「お前じゃない。何があったのか、莉緒に聞いてる!」


タケがそんな風に誰かに怒鳴るのを、初めて聞いた。
息を呑んだのは私だけじゃなかった。


なのに、言われた本人――ユウくんだけが、全く動じない。
直後低いトーンで紡がれた言葉に、周囲の空気が凍り付いた。


「俺が来た時、ヤバそうな男に絡まれてた。今は怯えてて声も出せない」


――え……?


動揺した。
突然そんなことを聞かされたみんなもだろうけど、当然私もだ。

絡んできてた男って、松本くんのこと?
全然、怯えてなんかいないし。
むしろ今怖いのはユウくんの方だ。
ユウくんだって松本くんとも話して分かってるはずなのに、一体なんのつもりでこんなこと言ってるの?


「可哀相に」

「……ッ」


ユウくんが、聞いたことのない甘く優しい声を出して、腰に回したのとは反対の手で髪を撫でてくる。
その行為が、決定的に私の思考回路を破壊した。


「莉緒……!」

タケが蒼白な顔で手を伸ばしてきた瞬間、反射的にびくりと身体を震わせてしまった。

それは拒絶にでも見えたのかもしれない。
彼の手は、行き場をなくしたみたいに宙で止まってしまった。


「なんで1人にした?」


固まってしまったタケを刺すような鋭い声に、私は漸くのろのろと首を動かして、その時初めてユウくんの顔を見た。

怖かった。
彼は、放っておいたら人でも殺してしまいそうな顔をしていたから。
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