琥珀の記憶 雨の痛み
「……ッ」

タケの、ギリッと歯を噛みしめた音が聞こえてきそうだった。


悔しそうに顔を歪めた彼に、言ってあげたかった。

そんな顔しないで。
私、怖い思いなんかしてないから。
絡まれてなんかないし。
ユウくんが言ってることなんか全部嘘だから。
今私、ただ混乱しているだけだから。

あなたは別に、何も悪くないんだから。


なのに、声が出ない。

ユウくんの顔を見てしまったからか、完全に凍り付いた。
まるでメデゥーサの目を見たみたいに。


「莉緒……俺が、送ってく」


――とくん。
脈打つ音が、聞こえた。

固まってしまったと思った心臓は、ちゃんと動いてる。


おいで、とでも言うように、タケが両手を広げた。

――どくん。
もう一度。今度はさっきよりも大きく。

動ける、喋れる、そう思った。


……視界の端に、悲しそうにタケを見上げたナツの顔が映るまでは……。
私を石にするメドゥーサは、1人ではなかった。


「なんでお前が? 引っ込んでろよ」


鼻で嗤うような挑発的な物言いは、私にはよく向けられてきたけれど。
男同士だからか――、容赦がない。


「お前こいつの何なの、こんな時だけ出張ってくんなよ。ブースの向こうのただのクラスメイトだってこいつの危険に気付いて手を打とうとしてたのに、何してたんだよお前は」

「俺、は――……」


タケは、言い返せなかった。
何度も握り直す拳が震えていた。


ユウくんは実はもの凄く頭の良い人なのかもしれない。
彼はタケを攻撃しているようで、間違いなく、私の心も同時に抉っていた。


タケは私の『何』なの。
私たちの間にその答えなどない。

タケは私を送っていく立場にないし。
私を守る義務などないし。
私には彼に守られる権利などない。


タケはユウくんに責められなきゃいけないような立場じゃないんだ。
けどそれと同時に私は、タケに甘えられる立場じゃない。


だからユウくんの言葉を全部否定して、タケを庇うことは出来る。
出来るはずだけどそれは、最後に残っていた小さな芽を刈り取ってしまうことと同じだった。
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