琥珀の記憶 雨の痛み
尚吾くんは以前のように、また私を家まで送ってくれるようになった。

そうやって当たり前のように堂々と2人で帰ることなど、もう二度と出来ないんだろうと何度も諦めたのに。

まるで、恋が始まったあの頃に戻ってきたみたいだった。


恋愛初心者の私は距離の縮め方もよく分からなくて。

「尚吾『くん』はいつ取れるの?」

と彼は聞くけど、呼び方ひとつなかなか変えられずにいる。


2人の時間は少しだけ増えた。

とは言え夏休み中は既にお互いバイトのシフトがたっぷり入っていたから、帰りに少し寄り道して公園のベンチで話し込んだりする程度で、いわゆるデートらしいことはまだ出来ていない。


手を繋ぐのすらまだタイミングやきっかけが分からずに緊張してしまうけど、いつも尚吾くんの方から自然に手を取ってくれるから、私は安心して委ねていれば良かった。


別れ際の挨拶が、「またね」とか「お休み」から「後でね」に変わった。
寝る前に少しラインで話す習慣が出来たから。


どこにいても何をしてても尚吾くんのことを考えてしまう私は、多分どこかふわふわ――と言うより、ふにゃふにゃしていて。

学校の友達やバイト先のレジのみんなは勿論のこと、家では母親にまで、彼氏が出来たことがあっという間に気付かれていた。


「品定めするから、一度連れてきなさい」

真剣な顔でそう言ったお母さんは、冗談のつもりなのか本気なのかも分からなかった。

けれどその話を聞かせた時に、尚吾くんが「じゃあ一度挨拶にいかないと」と言ったのは、どうやら本気のようだった。
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