琥珀の記憶 雨の痛み
マンションは今真横にある1号棟と奥の2号棟の2棟で、私の家は奥側。

と言ってももう目と鼻の先だし、一旦原付を停めてしまったタケにこれ以上付き合わせるのもな。

誰かに送ってもらうのなんて初めてだから別れ際がよく分からないけど、このタイミングなのかもしれない。


「タケ、ありがとね。おかげでちょっと早く着いたし、話せて楽しかった」

ばいばい、のつもりでそう言うと、タケは「あれ、こっち?」と1号棟を指しながら尋ねる。

私が奥の棟を指すと、不思議そうに首を傾げた。

「じゃあ向こうまで行くよ。なんでここまで来て追い返すの?」

意外とヒドいね、とか言いながら笑ってるから、ちょっと慌てちゃう。

結局またタケは原付を押し始め、2号棟まで送り届けてくれるつもりらしい。


1号棟の横をすり抜けて棟と棟の間に差し掛かると、敷地内にあるテニスコートを見つけて声を上げた。

「すっげ! 何ここ、高級マンション!?」

「違っ!」

小さい頃引っ越してきたばかりの時には私も物珍しくてそう思ったけど、今じゃ見慣れてしまって何とも思っていなかったテニスコート。

マンションの住民が予約制で使えるんだけど、私やうちの家族は結局一度も利用したことがないから宝の持ち腐れと言うか。

それでも昔はよくベランダから、ポンポンと行き交う黄色いボールを目で追いかけて楽しんでいたのが懐かしく思い出された。
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