琥珀の記憶 雨の痛み
「じゃあね! またバイトで」

言い残して片手をあげて去っていく後ろ姿に、もう声は届かなそうだった。

見えなくなった原付は次第に音も遠ざかっていき、聞こえなくなったところでやっとハッと気が付いて、マンションの階段を駆け上がる。


「ただいま!」

玄関にローファーを脱ぎ捨てて、お帰りだかを言う母の声を背中に聞きながら自室に飛び込んだ。

追いかけてきた声はお小言じゃないっぽかったから、門限はどうやらセーフだ。
時計を見る余裕もない。

そのまま荷物を投げ出して、ベッドに身を投げ出した。


――『俺も、好きだよ』


そう、聞こえた気がした。

そんなの途中でも言われたし、冗談って笑われたし。

話の流れは仲間内の友達としての『好き』だったし、それは『みんなと同じように』っていう意味、のはずなのに。


心臓がバクバクいってる。
ちょっと痛いくらいに。

「もう……やめてよね」


きっと『送る』とか『好きだよ』とか『可愛いね』とか、深い意味なくさらっと言えちゃう人なんだ。
しかもあの超絶癒し系の笑顔で!

絶対騙されない、引っかからない、勘違いしない!

そう思ってるのに。


やじゃない、嬉しいって感じながら、調子に乗りかける自分を戒めてるのは。

これってもしかして、私もうあの人に恋してるんじゃ? って。

曖昧に生まれた気持ちの欠片に、何故だか激しく動揺した。
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