黒太子エドワード~一途な想い

ベルトランと最後の中世人

 この頃のベルトランの身分は、騎士はもちろんのこと、3つ程「総大将」を兼任していた。「カンとコタンタンのバイイ管区における、守備隊長」「ノルマンディーにおける総大将」「ルーアンからセーヌ川及びシャルトルのバイイ管区における総大将」──以上の3つであった。
 この時期、他にイングランド軍を敗れる程の優秀な指揮官がいなかったので、自然と彼に色んな地域の「総大将」の名が載ってしまったのだろう。
 
「……まさか、本当に自ら海を越えて、戻ってくるとはな!」
 ベルトラン・デュ・ゲクランとティファーヌ・ラグネルの婚姻から半年経つか経たない、1364年1月3日、ジャン2世は本当にロンドンに戻って来てしまい、周囲の者を驚かせた。
 息子で逃亡し、行方をくらませているアンジュー公ルイの身代わりを自ら買ってでた、彼のその行動は「最後の中世人」と言われた。
 己の損得よりも騎士道の掟に忠実に行動した彼の行ないは、称賛する者もいれば、馬鹿にする者もいたのだが、本人は満足していたようだった。
 後に「税金の父」や「最初の近代人」と言われることになる、王太子シャルルはあきれ果て、頭を抱えたが。
 ただ、無理がたたったのか、ジャン2世は渡航からわずか3か月後の4月8日に病で亡くなってしまう。
 ジャン2世渡航の知らせを侍従のトマスから聞き、あきれ果てた黒太子エドワードは、その知らせに思わずため息をついた。
「そうか……」
「葬儀についての指示を文書で求められているのですが、いかが致しましょうか?」
 トマスのその言葉にも、エドワードは眉を少し上げただけで、他の書類に目を通していた。
「父上は何と仰せだ?」
「簡単な葬儀だけでよかろうと、と……。フランスは結局、100万エキュ納めたか納めていないかですから、あの方がロンドンの宮廷で好き勝手をされていたら、出る一方だったでしょうし……」
 トマスのその言葉に、黒太子は苦笑した。
「チャールズ(=王太子シャルル)の方は何と言ってきておる? 遺体を返せと言ってきておるか?」
「それが、まったく……。それより、税金対策の方が大変なようでございます」
「税金か……」
 そう言うと、黒太子はため息をついた。
 この当時、イングランドは遠征費用等を議会にかけ、承認して出してもらっていたが、戦いには勝ったものの、ろくに身代金を払わぬフランス相手の戦いに反対する者も出てきていた。
 黒太子自身は、1362年にアキテーヌのプリンス(公爵)に任じられ、ボルドーの宮廷で、宴会やトーナメントも開いていたが、その費用をいちいちイングランド本国に請求するわけにもいかず、頭が痛いところでもあった。

 一方、王太子シャルルはというと、1363年にアミアンで三部会を「諸地方防衛の為」という名目で開いたものの、それ以降は三身分の協賛を求めず、税のとりたてを行うようになっていた。
 今でいうところの直接税にあたる「タイユ」(=人頭税)と間接税で、消費税にあたる「エード」、同じく間接税で塩税といわれる「ガベル」の3つであった。
 この3つが後のフランス絶対王政を支えた3本柱なのだが、王太子シャルル、後のシャルル5世は、たった1代でそれを軌道にのせたのだった。 
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