黒太子エドワード~一途な想い
二章 初恋と初陣
黒太子エドワードの初恋
──三年後、二一歳となったエドワード三世は、スコットランド制圧に乗り出した。
スコットランド王を名乗っていたデビッド二世を追い出し、ロンドン塔に幽閉されていたエドワード・ベイリャルを新しい王として立てたのである。
二〇歳を過ぎ、心身共に他の男達に負けない大人になったとはいえ、王としての実権を手に入れてからは、わずか三年。異例の快挙と言えた。
「おねーたま」
幼い子供の呼び声に、金髪の少女は、緩やかにウエーブのかかった髪を風に揺らして振り返った。
よちよち歩きで、懸命に少女の後を追おうとしているのは、イザベラ。エドワード王子の妹で、当年とって五歳になる少女であった。
一方、追いかけられていたのは、ジョアン・オブ・ケント。今年五歳になる、金髪の美少女であった。
「イザベラは、私よりもジョアンの方が好きなのだな」
苦笑しながらそう言い、妹が懸命に歩いて行くのを見守っているのは、エドワード王子だった。言葉遣いはしっかりしているが、まだ三歳で、ジョアンより小柄だった。
「どうしたの、イザベラ? 私に何か御用?」
よちよち懸命に歩いて来るイザベラに近寄り、ジョアンがそう尋ねると、小さな女の子は彼女にしがみつきながら尋ねた。
「おねーたまは、ベラのこと、嫌い?」
「好きよ。何故そんなことを聞くの?」
「ベラの名前が、おねーたまの家族を苦しめた人と同じだって……」
「ああ、そういうこと……」
そう言うと、ジョアンは一瞬苦笑したが、すぐに幼い少女に笑顔を見せた。
「おばあさまのことね、でも、大丈夫よ。おばあさまは、高い塔に住んでらして、そこから絶対出てこれないから」
「おねーたまは、大丈夫なの?」
「ええ。元気そうでしょ?」
ジョアンがそう言いながらくるりと回ってみせると、幼い少女はほっとした表情になった。
「ベラ、貴女の名前をおばあさまと同じ名前にしたのは、戒めの為なのよ」
そう言いながら近付いて来たのは、一九歳になり、王妃としての威厳も出て来たフィリッパだった。
「イマシ……」
「戒め。悪いことをもう二度としません、って思うことよ」
そう言ったのは、母のフィリッパではなく、少しお姉さんのジョアンだった。
「ベラ、私のお父様もお母様も既にこの世にはいないの。だから、もう傷つけられることはないのよ」
「あらあら、弟のジョン君がいるでしょう?」
そう言ったのはフィリッパだった。
「あの子は病弱ですから、ベラのようにあちこちついてくるのは難しいと思います」
ジョアンがうつむきながらそう言うと、フィリッパはその小さな肩にそっと手を置いた。
「そうね。でも、だからこそ、傍にいてあげなくちゃね」
フィリッパのその言葉に、ジョアンは黙って頷いた。
「はい。母にもそう頼まれておりますので、そうします」
「お願いね。成人したら、ケント伯を継いでもらわないといけないんだし」
『ケント伯』──その名を聞いて、ジョアンの体がピクリと動いた。
……私が継げればいいのに……。そしたら、父上のように捕まったりなんかしないもの!
それは、たった五歳という年齢を考えれば、大胆な考えであったのかもしれない。
スコットランド王を名乗っていたデビッド二世を追い出し、ロンドン塔に幽閉されていたエドワード・ベイリャルを新しい王として立てたのである。
二〇歳を過ぎ、心身共に他の男達に負けない大人になったとはいえ、王としての実権を手に入れてからは、わずか三年。異例の快挙と言えた。
「おねーたま」
幼い子供の呼び声に、金髪の少女は、緩やかにウエーブのかかった髪を風に揺らして振り返った。
よちよち歩きで、懸命に少女の後を追おうとしているのは、イザベラ。エドワード王子の妹で、当年とって五歳になる少女であった。
一方、追いかけられていたのは、ジョアン・オブ・ケント。今年五歳になる、金髪の美少女であった。
「イザベラは、私よりもジョアンの方が好きなのだな」
苦笑しながらそう言い、妹が懸命に歩いて行くのを見守っているのは、エドワード王子だった。言葉遣いはしっかりしているが、まだ三歳で、ジョアンより小柄だった。
「どうしたの、イザベラ? 私に何か御用?」
よちよち懸命に歩いて来るイザベラに近寄り、ジョアンがそう尋ねると、小さな女の子は彼女にしがみつきながら尋ねた。
「おねーたまは、ベラのこと、嫌い?」
「好きよ。何故そんなことを聞くの?」
「ベラの名前が、おねーたまの家族を苦しめた人と同じだって……」
「ああ、そういうこと……」
そう言うと、ジョアンは一瞬苦笑したが、すぐに幼い少女に笑顔を見せた。
「おばあさまのことね、でも、大丈夫よ。おばあさまは、高い塔に住んでらして、そこから絶対出てこれないから」
「おねーたまは、大丈夫なの?」
「ええ。元気そうでしょ?」
ジョアンがそう言いながらくるりと回ってみせると、幼い少女はほっとした表情になった。
「ベラ、貴女の名前をおばあさまと同じ名前にしたのは、戒めの為なのよ」
そう言いながら近付いて来たのは、一九歳になり、王妃としての威厳も出て来たフィリッパだった。
「イマシ……」
「戒め。悪いことをもう二度としません、って思うことよ」
そう言ったのは、母のフィリッパではなく、少しお姉さんのジョアンだった。
「ベラ、私のお父様もお母様も既にこの世にはいないの。だから、もう傷つけられることはないのよ」
「あらあら、弟のジョン君がいるでしょう?」
そう言ったのはフィリッパだった。
「あの子は病弱ですから、ベラのようにあちこちついてくるのは難しいと思います」
ジョアンがうつむきながらそう言うと、フィリッパはその小さな肩にそっと手を置いた。
「そうね。でも、だからこそ、傍にいてあげなくちゃね」
フィリッパのその言葉に、ジョアンは黙って頷いた。
「はい。母にもそう頼まれておりますので、そうします」
「お願いね。成人したら、ケント伯を継いでもらわないといけないんだし」
『ケント伯』──その名を聞いて、ジョアンの体がピクリと動いた。
……私が継げればいいのに……。そしたら、父上のように捕まったりなんかしないもの!
それは、たった五歳という年齢を考えれば、大胆な考えであったのかもしれない。