黒太子エドワード~一途な想い

チャンドスの指示

「では、川の右側に布陣しますかな」
 黒太子エドワードに色んなことを教えてきた老騎士は、黒太子に頼まれたこともあり、若いジャン4世を見守っていたが、目を細めてそう言った。
 どうやら、老練な彼には、何か策があるようだった。
「川を挟む布陣ならば、町中より奇襲はしにくいでしょうしな」
 ジャン4世がそう言って頷くと、ジョン・チャンドスは目を大きく見開いた。
「ベルトラン・デュ・ゲクランのことをご存知のようですな?」
「そのうち出てくるだろうと思い、情報は集めました。が、実際、戦ったことはありませんので、その点では、チャンドス殿が頼りです」
 素直にそう言うジャン4世に、チャンドスは目を細めながら顎鬚を撫でた。
「最善を尽くしましょうぞ」
 そう言うと、チャンドスは早速、町から出るよう、指示を出した。
 その指示に従い、進んでいくイングランド兵に、ジャン4世は満足げに微笑み、頷いた。

 ──結局、9月29日にブロワ派は川を渡り、南面に布陣した。
 一方、モンフォール派は、北面に布陣し、にらみ合った。
 そのうち、フランス側のクロスボウ部隊とイングランドの弓兵の間で小競り合いが始まり、重装備兵同士の正面からのぶつかり合いになっていった。
 両陣営共、長期戦になると思って捕虜をとるなと命令が出ていたので、かなり激しい戦いになったと思われる。

「消耗戦ですな……。先に消耗し、崩れ落ちた方が負けですな」
 両軍のぶつかり合いを少し離れた所から見ていたジョン・チャンドスは、総大将であるジャン4世の横で、低い声でそう言った。
 その眉間には深い皺が刻まれており、戦いの難しさを象徴しているようであった。

「チッ! どこか一ヶ所でも崩れたら、ヤバそうじゃねぇか! これじゃ、ゲリラ戦なんて仕掛けてる余裕も無ぇ!」
 不機嫌そうな表情でそう言ったのは、敵側のベルトラン・デュ・ゲクランであった。
 まだ新婚の彼は、妻、ティファーヌ・ラグネルにもらったお守りのロザリオを首にぶら下げていたが、鎧の下にあるので、今は見えなかった。
「こっちは、ブロワ様にオーセル伯殿の軍を入れても、せいぜい3000人程ってところなのに、イングランドの方は次々沸いてでてきやがる! 一体、どこで調達してきてやがるんだ?」
 チッと再び彼が舌打ちしながらそう言った時であった。右翼が崩れだし、中央に兵がなだれこんで、悲鳴が上がったのは。
「チッ! しょうがねぇ奴らだぜ!」
 ベルトランがそう言いながら中央の立て直しに向かおうとすると、今度は左翼から悲鳴が上がった。
「おいおい、今度は左翼かよ! ……ってことは、オーセル伯殿か。自分で何とかしてくれよ! 俺は、御大将のブロワ様を守りに行ってくらぁ!」
 そう言うと、ベルトランは崩れだした中央に駆けつけようとしたが、左右から兵がなだれこみ、騎士も馬から落ちる程混乱していたので、簡単にはたどり着けなかった。
「くそう! ブロワ様、頼むから、無事でいてくれよ!」
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