黒太子エドワード~一途な想い
行き当たりばったりのナバラ王
ブルターニュ公が親イングランド派になってしまったことは、フランス王シャルル5世にとって、都合が悪かった。
が、もう一人、それを苦々しく思っている者がいた。先年、ベルトラン・デュ・ゲクランに敗れた「悪王」こと、ナバラ王カルロス2世である。
ベルトランに負けたので、親イングランド派のジャン4世に近付いたのかと思いきや、あわよくば、ブルターニュも手中におさめようと思っていたのか、彼はシャルル5世と和解したのだった。
「何を考えているのか、分からない」
──そう言われても仕方が無い行動であった。
そういう彼の行き当たりばったりで、自分の欲望のままに行動するところが信じられず、約7年前の1358年にシャンパーニュなどの土地の取得を条件にイングランドと交渉したものの、エドワード3世に信用されず、相手にもされなかったのだと思われる。
本人は、そのことに全く気付いていなかったが。
それゆえだろうか。彼はこの後、もっと奇妙な行動をとるのだった──。
「カスティリャ王国の内情、でございますか……」
青年らしい、逞しい体つきになった侍従のトマスはそう言うと、戸惑いの表情を見せた。
「何だ? 不満か?」
そう尋ねたのは、彼の主の黒太子エドワードだった。
「いえ……。ご長男のエドワード様もお健やかにお育ちですので、問題は無いかと思いますが、念のために一度、本国にお戻りになられた方がよろしいのではないかと思いまして……」
「ロンドンでの噂を心配しておるのか?」
そう尋ねると、黒太子は顔をしかめた。
「ジョンが父上よりも発言力をつけ始め、国政に関与してきている、という噂だろう?」
「はい。そろそろ一度お戻りになり、もっと傲慢になられる前にお灸を据えられるのも手かと……」
「父上と母上は、立て続けに娘を二人も失い、末のエドマンドも病気がちになった故、気が弱くなられているだけだろう」
1362年、ブルゴーニュ公ジャン4世に嫁いでいたメアリーが、その1年前には末娘のマーガレットが、15歳の若さで亡くなっていた。
そのジャン4世は、メアリーが亡くなった後、今は黒太子妃となったジョアンと先の夫、トマス・ホランドとの娘、ジョーンと再婚していた。
イングランドとの絆は、まだ保たれていたのだった。
「だからこそ、王太子殿下が幼いエドワード様とご一緒にお戻りになられれば、お気も強くなられると思うのですが……」
「私に助けを求めてきたカスティリャを見捨てよ、と申すか?」
「やはり、騎士道精神に反しますか……」
トマスはそう言うと、肩を落とした。
「それもある。が、それだけではない。ペドロ1世を支援し、国王となれた場合、成功報酬を渡すという約束もあるのだ」
「その約束、ちゃんと果たされるとお思いですか?」
「成功すれば、払うであろう」
「だと宜しいのですが……」
トマスはそう言うと、ため息をついた。
彼には、主である黒太子がプライドの高い男で、金に無頓着な上に、人に頼られると弱いということもよく分かっていた。それが故に、これ以上何を言っても無駄だということも。
が、もう一人、それを苦々しく思っている者がいた。先年、ベルトラン・デュ・ゲクランに敗れた「悪王」こと、ナバラ王カルロス2世である。
ベルトランに負けたので、親イングランド派のジャン4世に近付いたのかと思いきや、あわよくば、ブルターニュも手中におさめようと思っていたのか、彼はシャルル5世と和解したのだった。
「何を考えているのか、分からない」
──そう言われても仕方が無い行動であった。
そういう彼の行き当たりばったりで、自分の欲望のままに行動するところが信じられず、約7年前の1358年にシャンパーニュなどの土地の取得を条件にイングランドと交渉したものの、エドワード3世に信用されず、相手にもされなかったのだと思われる。
本人は、そのことに全く気付いていなかったが。
それゆえだろうか。彼はこの後、もっと奇妙な行動をとるのだった──。
「カスティリャ王国の内情、でございますか……」
青年らしい、逞しい体つきになった侍従のトマスはそう言うと、戸惑いの表情を見せた。
「何だ? 不満か?」
そう尋ねたのは、彼の主の黒太子エドワードだった。
「いえ……。ご長男のエドワード様もお健やかにお育ちですので、問題は無いかと思いますが、念のために一度、本国にお戻りになられた方がよろしいのではないかと思いまして……」
「ロンドンでの噂を心配しておるのか?」
そう尋ねると、黒太子は顔をしかめた。
「ジョンが父上よりも発言力をつけ始め、国政に関与してきている、という噂だろう?」
「はい。そろそろ一度お戻りになり、もっと傲慢になられる前にお灸を据えられるのも手かと……」
「父上と母上は、立て続けに娘を二人も失い、末のエドマンドも病気がちになった故、気が弱くなられているだけだろう」
1362年、ブルゴーニュ公ジャン4世に嫁いでいたメアリーが、その1年前には末娘のマーガレットが、15歳の若さで亡くなっていた。
そのジャン4世は、メアリーが亡くなった後、今は黒太子妃となったジョアンと先の夫、トマス・ホランドとの娘、ジョーンと再婚していた。
イングランドとの絆は、まだ保たれていたのだった。
「だからこそ、王太子殿下が幼いエドワード様とご一緒にお戻りになられれば、お気も強くなられると思うのですが……」
「私に助けを求めてきたカスティリャを見捨てよ、と申すか?」
「やはり、騎士道精神に反しますか……」
トマスはそう言うと、肩を落とした。
「それもある。が、それだけではない。ペドロ1世を支援し、国王となれた場合、成功報酬を渡すという約束もあるのだ」
「その約束、ちゃんと果たされるとお思いですか?」
「成功すれば、払うであろう」
「だと宜しいのですが……」
トマスはそう言うと、ため息をついた。
彼には、主である黒太子がプライドの高い男で、金に無頓着な上に、人に頼られると弱いということもよく分かっていた。それが故に、これ以上何を言っても無駄だということも。