黒太子エドワード~一途な想い
「ジョアン!」
 宮廷の中に春の暖かな日差しが差し込む中、元気な少年の声が響いた。
 少しくせのある黒髪に、青い瞳。14歳になった王子、エドワードであった。昔、黙って妹の後をついてき、そっとジョアンを見ていただけの恥ずかしがり屋の少年から、少し王子らしい威厳がついてきたようだった。
「最近、ホランド男爵の子息と親しいと聞いているんだが、本当にそうなのか?」
「親しい、ね……。まぁ、そりゃそうでしょうね。だって、夫婦なんですもの」
「夫婦……?」
 自分より二歳年上の少女を、王子はまじまじと見詰めた。
「冗談だよな?」
「本当よ! もう少ししたら、子供だって生まれる予定なんだから!」
 そう言うと、ジョアンは自分のおなかをさすった。
 当時のドレスは、ウエストを絞っていても、そのすぐ下からはふわりとしているので、かなり大きくならないと分からなかった。
「相手の男は、やはり……」
 そう言うエドワード王子の声は小さくなり、顔も青くなってきていた。
「ホランド男爵の子息、トマス・ホランドよ」
 そう言って微笑む少女は、反対に、本当に幸せそうな表情だった。
「なんてことだ!」
 そう言うと、エドワード王子は頭を抱えたながら、壁にもたれかかった。
 そうしないと、彼は立っていられなかったので。
「何故、もう少し待ってくれなかったんだ! 私は、もうすぐ王太子になれるというのに!」

 「王太子」──Prince of Walesの称号は、黒太子エドワードが最初で、それ以降、現代まで続いていると言われている。
 その称号が生まれたのは、フランスとの関係にあった。
 四年程前、フランスでカペー朝が断絶し、エドワード三世はフランスの王位継承権を主張し、翌年の一三三八年に初めてフランス本土に上陸していた。
 そして、その翌年の一三三九年、ガンブレーを包囲し、一〇月にはビュイロンフォスでフランス軍と対峙している。だが、この時には警戒するも、交戦には至らなかった。
 翌一三四〇年にもブービーヌで接近するも、この時も交戦せず、六月にイングランド艦隊がスロイスでフランス艦隊を撃破したのが、初めての交戦であった。
 そんな状況下、エドワード三世の留守を守るべく、長男であるエドワードが「王太子」になるという話がでていたのだった。

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