黒太子エドワード~一途な想い

黒太子、出頭を拒否

「私が炉税の弁明の為に、わざわざパリ高等法院に出頭せねばならない、だと? 馬鹿げたことを!」
 病床の黒太子は、それをベッドの上で聞き、怒りで顔を真っ赤にしてそう叫んだが、すぐに咳き込んだ。
「あなた、そんなに興奮なさらないで下さいまし………」
 痰を受けた洗面器を持ち、もう片方の手で夫の背中をさすりながら妻のジョアンがそう言うと、夫は妻を睨みつけた。
「アキテーヌは我らの土地だ! 私はもう5年も前に、プリンスに命じられておるのだからな!」
「それは、イングランド本国からの命令でしょう? そういうものは、フランスでは通用致しませんわ」
「お前までそのようなことを申すか!」
 そう言って黒太子は妻を睨みつけたが、妻は哀し気な表情で首を横に振った。
「違いますわ! 私は、あなたの味方です! 妻ですもの! 子供だって、二人も産んでいるのですよ!」
「ふん、トマス・ホランドとの間には、その倍の4人もおるがな!」
「あなた………」
 二人の男子を産み、黒太子はジョアンのことを「君」から「お前」と呼ぶようになり、二人の間の距離は狭まってきていると思っていたが、それは勘違いだったのかもしれないとジョアンは思った。
 あの活力に満ち、負け知らずだったエドワードが、病で床に臥しがちになった上に、アキテーヌ領の反乱ともいえる今回の出来事。私に当たりたい気持ちも分かるけれど、それでも子供ことは言わないで欲しかったわ……。
 ジョアンは心の中でそう呟くと、何も言わずに黒太子の寝室を後にした。

 少し前までは、そこは「夫婦の」寝室であったが、今ではエドワード専用の寝室であり、ジョアンはすぐ隣の小さな部屋を寝室代わりにしていた。それまで書斎兼執務室として使っていた部屋を。
 それでも、黒太子は反省することもなく、炉税をまだ徴収しようとし、かといってパリ高等法院に出頭することもなかった。
 パリに対しては
「イングランドは宗主権ごと、アキテーヌが割譲されたものと認識しており、自分の好きな時に大軍を率いて出頭する」
と返事をしたのであった。
 これを聞いて驚いた、アキテーヌの領民とパリ市民であった。何せ「大軍を率いる」というので。
 彼らは、フランス王シャルル5世に泣きついた。
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