黒太子エドワード~一途な想い
愛妾ピエットとその息子
「そのはずなのだが………次々アキテーヌ内の領地も奪われておるからな。流石に、このまま何もせぬというわけにはいくまい? 噂によると、リモージュにむかっておるらしいしな………」
顎に手を当て、指で伸びてきた髭をくるくる回しながらシャルル5世がそう言うと、モーニーはその目の前で地図を広げた。
そこには、カレーやクレシー等の地名も書かれ、その大部分が青く塗られていた。───つまり、フランスのものに戻ったということを示していた。
「先に申しておくが、お前はリモージュにむかう必要は無いぞ」
「そうなのですか………?」
そう言うモーニーの表情は明らかに落胆していた。
現在は、息子の為にも、安全で給金の良い侍従兼護衛の地位に甘んじていたが、彼とて、元をただせば、あのベルトランと共に戦場を駆け回っていた男。たまにはその血がうずき、戦場を再び駆け回りたいと思ったようだった。
「お前は、リモージュよりジャンを頼む! シャルルに万が一のことがあれば、庶子とはいえ、あやつしかおらんのだからな」
「はっ!」
モーニーはそう返事をすると、王宮の端にひっそりと建つ東屋に向かった。
王の愛人で、一応名前には貴族を表す「ド」もついていたが、本当はピエット・ド・カジネルの身分はそんなに高くはなかった。
しかも、王妃のジャンヌは最近、感情の起伏が激しくなり、物を投げつけたりすることも増えていた。
それゆえ、シャルル5世は危険だと判断し、同じ王宮内とはいえ、少し離れた所に母子をかくまっていたのだった。
オリヴィエ・ド・モーニーは、そんな母子とシャルル5世を繋ぐ、数少ないパイプの1つであり、その王妃から守る役目も負っていたのだった。
一方、黒太子エドワードはというと、いくつもイングランドの領地を奪われてしまい、後がなくなってきていたので、シャルル5世の言った通り、リモージュを包囲し、奪おうとしていた。
「殿下………なにとぞ、ご無理をなさいませぬよう………」
黒太子のすぐ傍でそう言ったのは、侍従のトマスであった。
今までであれば、それをしてきたのは育ての親でもあり、剣の師匠でもあったジョン・チャンドスであったのだが、彼はオーレの戦いの後、病死しており、もうトマスしかそういうことをしてくれる者がいなかったのだった。
「分かっておる!」
苛立っても仕方が無いことだと分かってはいたが、黒太子は声を荒げてそう叫んでしまっていた。
この間まで嘔吐や下痢で、床についている時間が長かったこともあって、思うように体が動かず、それだけでも苛立ちが募っていた。
そんな彼の状態を誰よりも傍で見てきた侍従のトマスは、何も言わずにチラリと黒太子を見た。
あの頃と同じとまではいかなくても、少なくともチャンドスに恥ずかしい戦いだけは避けねばならん!
黒太子は心の中でそう呟くと、手綱をぎゅっと握り締めた。
顎に手を当て、指で伸びてきた髭をくるくる回しながらシャルル5世がそう言うと、モーニーはその目の前で地図を広げた。
そこには、カレーやクレシー等の地名も書かれ、その大部分が青く塗られていた。───つまり、フランスのものに戻ったということを示していた。
「先に申しておくが、お前はリモージュにむかう必要は無いぞ」
「そうなのですか………?」
そう言うモーニーの表情は明らかに落胆していた。
現在は、息子の為にも、安全で給金の良い侍従兼護衛の地位に甘んじていたが、彼とて、元をただせば、あのベルトランと共に戦場を駆け回っていた男。たまにはその血がうずき、戦場を再び駆け回りたいと思ったようだった。
「お前は、リモージュよりジャンを頼む! シャルルに万が一のことがあれば、庶子とはいえ、あやつしかおらんのだからな」
「はっ!」
モーニーはそう返事をすると、王宮の端にひっそりと建つ東屋に向かった。
王の愛人で、一応名前には貴族を表す「ド」もついていたが、本当はピエット・ド・カジネルの身分はそんなに高くはなかった。
しかも、王妃のジャンヌは最近、感情の起伏が激しくなり、物を投げつけたりすることも増えていた。
それゆえ、シャルル5世は危険だと判断し、同じ王宮内とはいえ、少し離れた所に母子をかくまっていたのだった。
オリヴィエ・ド・モーニーは、そんな母子とシャルル5世を繋ぐ、数少ないパイプの1つであり、その王妃から守る役目も負っていたのだった。
一方、黒太子エドワードはというと、いくつもイングランドの領地を奪われてしまい、後がなくなってきていたので、シャルル5世の言った通り、リモージュを包囲し、奪おうとしていた。
「殿下………なにとぞ、ご無理をなさいませぬよう………」
黒太子のすぐ傍でそう言ったのは、侍従のトマスであった。
今までであれば、それをしてきたのは育ての親でもあり、剣の師匠でもあったジョン・チャンドスであったのだが、彼はオーレの戦いの後、病死しており、もうトマスしかそういうことをしてくれる者がいなかったのだった。
「分かっておる!」
苛立っても仕方が無いことだと分かってはいたが、黒太子は声を荒げてそう叫んでしまっていた。
この間まで嘔吐や下痢で、床についている時間が長かったこともあって、思うように体が動かず、それだけでも苛立ちが募っていた。
そんな彼の状態を誰よりも傍で見てきた侍従のトマスは、何も言わずにチラリと黒太子を見た。
あの頃と同じとまではいかなくても、少なくともチャンドスに恥ずかしい戦いだけは避けねばならん!
黒太子は心の中でそう呟くと、手綱をぎゅっと握り締めた。