黒太子エドワード~一途な想い

リモージュ包囲戦

 リモージュ包囲戦は黒太子エドワードの決意もあってか、何とか開城させるに至り、成功と言えた。
 が、その後が悪かった。
「全く、手間をかかせおって!」
 普通なら男盛りの40代なのだが、彼はこの間まで病床に臥していた身。以前と比べて頬もこけ、顔も青白く、実際の年齢より少し年をとって見えた。そして何より、弱々しくも………。
 馬から降り、リモージュの町に降り立った黒太子は咳き込み、付き添うトマスがすぐに支えた。そして、彼が咳き込んだ時に出した血痰をそれと分からぬよう、さっとくるんで隠したのだった。
「罰だ………。罰を与えねば!」
 頬もこけ、見た目にも辛そうなのに、瞳だけはらんらんと妖しい光を放ち、まるで何かにとり憑かれたようで、傍に仕えているトマスも流石に背筋が凍る想いをした。
「女子供も関係無い! 我がイングランドを裏切って、さっさとフランスに尻尾を振った罰として、住民を皆、処刑する!」
「しょ、処刑………」
 あまりのことに、トマスも小声でそう繰り返した。出来れば、夢であって欲しいと願いながら。
「そうだ、処刑だ!」
「全員ですか?」
「フン、とりあえず、3000人位でよいか」
 全員でないことにホッとしながらも、トマスは顔を曇らせた。
「女子供も関係無く、ですか?」
「そう申したであろう!」
 黒太子はそう言うと、再び咳き込んだ。
 トマスが先程と同じように痰をとって始末したが、それでも黒太子は命令を取り下げず、実行に移してしまったのだった。

「何て酷いことを………」
 ボルドーの王宮で幼い王子達と過ごしていた妃、ジョアン・オブ・ケントは、夫がリモージュで行なった残忍極まりない行いを聞くと、目を覆ってそう嘆いた。
 妻でさえそう思い、ショックを受けたその所業に、フランスの民が平気でいられるわけがなかった。
 それまで羊毛貿易のお蔭でイングランド派であったアキテーヌ各都市も離反の意を表し始めたのだった。
「全く、どいつもこいつも逆らいおって………!」
 アキテーヌの都市までもが自分に反旗を翻したと聞くと、黒太子はそう言ってドンと机を叩いた。
 今日は調子が良いのか、それで咳き込むことはなかったが、妻は提案をもちかけた。
「あなた、そろそろ本国に戻りませんこと?」
「イングランドにか? アキテーヌの都市が反発してきたからか?」
「それもありますが、王子達の教育をロンドンの王宮で行ないたいというのもあります。このままここに居ては、フランス風になりかねませんから………」
 その言葉には、黒太子もすぐに異論を唱えなかった。
 自分と妻が育ったロンドンの王宮での教育が良かったのだと思っている様であった。
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