黒太子エドワード~一途な想い

ランカスター公、フランスへ

「分かった。私は、こちらで戦費をねん出するゆえ、そなたはカレーからボルドーへむかうとよかろう」
「はい!」
 パッと明るい表情になったランカスター公ジョンに、黒太子は若さゆえの根拠の無い自信を見てとった。
 愚か者が………!
 そう思ったが、口に出さずにいた。すぐに弟の伸びすぎた鼻がへし折られると分かっていたので。

 1374年、若くて元気な自分なら、兄の黒太子が失った領地も簡単に取り戻せると勝手に思いこんだランカスター公ジョンは、カレーからボルドーに向かった。
 そこで、彼は兄が行った贅沢な暮らしが待っていると勝手に思っていたのだが、すぐにその夢も潰された。4年前の1370年10月2日にシャルル5世により、フランス王軍司令官に任命された、ベルトラン・デュ・ゲクランによって。

「何故だ! ゲリラ戦しか能が無く、何度もわが軍に負けておったのではなかったのか!」
 その正にゲリラ戦によって、思わぬ所から奇襲をかけられること、数度。
 精も根も疲れ果てたランカスター公ジョンは、冷や汗を流しながら、顔をしかめてそう叫んだ。
 もう何度も撤退を余儀なくされ、ボルドーに行くどころか、カレーまで退却してきていた。
 カレーは、その堅固な城壁のお蔭で落ちるということはまず考えられなかった。
 が、それでも「健康で若い自分は、病気がちな兄より優れているはず」と思っていたジョンには、ショックが大きかったらしく、最近は城壁の外に出ようとすらしなかった。

「フン! イングランドの王族様も、随分不甲斐ねぇな!」
 そんなランカスター公ジョンの様子を見て、ベルトラン・デュ・ゲクランは鼻で笑った。
「まぁ、今はあの老練なチャンドス将軍もいないし、黒太子も本国に戻ってるからね。けど、あんまり油断し過ぎると、前みたいに捕虜にされるんじゃないのか、兄さん?」
 そう言ったのは、頭髪がかなり薄くなってきた兄とは対照的に、白髪が一気に増えた弟のオリヴィエだった。
「ははは! それは無いな! あいつは、黒太子よりかなり小心者だ。怯えて縮こまっているのが精一杯で、策なんて考えられないさ!」
「そうならいいんだが………」
 オリヴィエがそう言うと、ベルトランは上機嫌で、鼻歌を歌いながら辺りの花を摘み始めた。
< 129 / 132 >

この作品をシェア

pagetop