黒太子エドワード~一途な想い
14章 黒太子、死す

黒太子、倒れる

 シャルル5世の読み通り、ロンドンで内政改革に着手した黒太子エドワードは、一旦小康状態になったと思われた病が悪化して、倒れてしまったのだった。
「エドワード………」
 虚ろな瞳でそう呟くと、痩せて頬のこけた黒太子は、筋肉が落ち、骨と皮だけに見える細い腕を宙に伸ばした。
 筋肉が衰えたせいで、小刻みにブルブル震えていた。
「あなた………」
 そう言うと、ずっとつきっきりで看病していた妻のジョアンは、その細くなった手を取った。
 彼ら二人の間の初めての子、エドワードは、既に4年前に他界していた。
 夫が虚ろな瞳で呼んでいるのがその息子のことだと分かった妻は、その手を亡き息子の代わりに自分の両手で包み込んだ。目にいっぱい涙を溜めて。
 だが、どうやら虚ろな瞳の夫には、それが妻の手だとは分からなかったらしい。
「エドワード………心配するな………。じきにこの父も………そちらに参る………」
 その言葉に、彼の手を握っていたジョアンはたまらず、泣きだしてしまう。
 その涙につられたのか、ベッドの脇で両親の顔を交互に見ていた9歳のリチャードも泣き出してしまった。
「大丈夫だ、リチャード。父上は、まだ生きておられるぞ」
 ジョアン・オブ・ケントの長男で、ケント伯でもあるトマスがそう言いながら母の肩を抱き、もう片方の手でリチャードの頭を撫でると、彼はトマスにすがりついて泣いた。
 既に25歳となり、結婚して子供もいるトマスは、慣れた手つきでリチャードの頭を撫で、しゃがみこんで同じ目線になった。
「心配するな。私達がついているからな」
 トマスのその言葉に、ジョンと妹のジョーンも頷き、リチャードの頭を撫でた。
「でも、父上は亡くなってしまわれるのでしょう? 兄上と同じように………」
 彼の兄、エドワード・オブ・アングレームの時は急だったこともあり、今回のように皆で集まることもなかった。
 が、彼らとて、実の父、トマス・ホランドの死を経験していた。「父を亡くす哀しみ」と共に「後ろ盾を失う怖さ」も経験済みだったのである。
「まぁ、いつかはそうなるだろうね。だけど、それは人間ならだれでも逃れられないことなんだよ」
 落ち着いた優しい声でそう言ったのは、次男でエクセター伯のジョンだった。
「どうしてもダメなの? 神様にどんなにお願いしても?」
 リチャードのその言葉に、異父姉のジョーンは彼を抱きしめた。
「そう。ダメなの。神様にどんなに一生懸命お願いしても、それだけは叶えて下さらないのよ。地上で必要な役目を終えた人は、神様の御許に戻って来いと言われてしまうの」
「でも、父上はまだ、やり残したことがあるって………」
「それでも、よ」
 そう言うジョーンの栗色の瞳には、涙が溢れてきていた。
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