黒太子エドワード~一途な想い
「フン、あんな少人数で我らに勝てると思っておるのか? イングランドの愚か者共め!」
 クレシーでの相手の布陣を見ても、血気盛んで、「騎士」としてのプライドだけ高いフランス貴族は、そう言うと、イングランド軍に突撃していった。
 ヒュン、ヒュン、ヒュン! 
 その時、風を切る音がしたかと思うと、頭上から無数の矢が降り注いできた。
「何! 矢が上から飛んでくるとは! 卑怯者共め!」
 突撃しようとした騎士達の馬はその矢に驚き、馬上の騎士を落としたり、中にはその矢に当たり、自らが倒れたりした。
「おのれ、おのれ! 弓矢等に我ら騎士が臆してなるものか!」
 馬から振り落とされた騎士は悔しげにそう言ったが、彼がそう言って怒りの拳を振り上げている間にも、矢の雨は降り注いでいた。
「うぐっ……!」
 それでもある程度の矢は、鎧を滑り落ちていたものの、狙い撃ちをされてしまうと、流石に倒れてしまった。
 そこに、他の者も続いて倒れこむ。

「何ともろい……」
 その光景を丘の上で見ていた黒太子エドワードはそう呟くと、首を横に振った。人数では相手の方が上回っていても、これでは戦にならないと言いたげな様子であった。
「殿下、ご油断なさいますな。何せ、相手は大人数。このような状況でも、何名かはここまでやって参りましょう」
 横で彼を見守っていたジョン・チャンドスがそう言った時、黒太子エドワードの目に、傷を負いながらも上って来る男の姿が目に入った。
 近くまで来られてしまっては、ロングボウは弱い。スコットランド戦で鍛えられている熟練兵といえど、すぐ近くで剣を振り回されると、逃げるしかなかった。
「いかん! その男を斬れ!」
 満身創痍の男が剣を振り回しながら、ロングボウ隊の所まで上って来るのを見た黒太子がそう叫びながら剣を抜くと、弓兵の後ろに控えていた下馬騎士隊が彼にむかって行った。
「それ以上、上らせるな!」
 そう叫びながら、彼自身、剣を振り回して、他の上って来ようとする男を止めようとすると、チャンドスが叫んだ。
「殿下、危のうございます! すぐにお戻りを!」
 その叫びに黒太子はチラリと彼を見たが、すぐに上って来る男の掃討に戻った。
「こんな奴らになど、負けぬわ!」
と、叫びながら。
 そして、その叫び通り、彼は上って来た者を仕留めたのだった。
「弓兵、そなた達は弓を射かけ続けよ! そうすることがそなたらの身を守ることにもつながるし、それでも上って来る者らは、我ら下馬騎士隊が全て斬って捨てる!」
 相手の男を仕留めると、黒太子はそう叫び、下馬騎士隊も弓兵を守るように剣を構えて前に立った。
「殿下、まことに頼もしくなられて……」
 まだ彼がよちよち歩きの頃から、貴族としてのマナーから剣の持ち方、使い方を教えたことを思い出し、チャンドスは目頭が熱くなった。
「いかん、いかん! 戦場でこんなことでは!」
 だが、彼はすぐにそう言うと、傍に居た兵士達に叫んだ。
「殿下に続け! 我らも弓兵を守りつつ、上って来る者共を倒すのだ!」
 その声に「おーっ!」という声で兵士達は応えると、矢の雨の中を上って来る者を倒しにむかったのだった。
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