黒太子エドワード~一途な想い
カレーへ
「カレー……ですか?」
敗残兵のチェックや下士官によるミゼリコルデがひと段落した頃、黒太子エドワードは、指令所になっていた風車に呼ばれ、その話を聞いていた。
Calais(カレー)。
イギリスに面した港湾都市で、百年以上前から二重の城壁と濠(ほり)があり、さらに市内の北面部にある城塞には独自の濠と防護施設があって、他の都市と比べて非常に防御が堅かった。
「確かに、本国との距離や防備の点から考えても、あの都市ほど最適な所は無いでしょう。ですが、あそこはフランドルと違い、親フランス派です。包囲しても長期戦となりましょう。その辺りのことはどうお考えなのです、父上?」
黒太子エドワードのその問いに、エドワード三世はニヤリとした。
「本国から承認と職人を呼び寄せる」
「は……?」
驚く息子の前で、国王たる父は、地図を見せた。
「このカレーの近くに小さな町を造り、そこで必要な物を調達出来るようにする。さすれば、長期戦になろうと、恐れるものなど、無かろう?」
確かに、長期戦にはそれ位の備えがあった方が良いだろうが、はたして議会がその膨大な費用を承認するだろうか?
黒太子エドワードが心の中でそう思い、知らず知らずのうちに顔をしかめていたのだろう。エドワード三世は微笑むと、こう続けたのだった。
「議会のことなら、心配するな。私の一言で、片付くはずだ」
……楽観的過ぎる!
黒太子エドワードはそう思ったが、口に出すのは控えた。
父には、自分とは違い、スコットランドを征服した実績がある。それを議会で言い、続いてフランスを手中に収めた場合の得られる利益について語れば、承認が得られるかもしれない……そう思ったこともあって。
この百年戦争も後期になると、フランスの旧領地を回復する為の戦費調達の為、国王は議会に譲歩し、貴族院と庶民院は、立法協賛権を課税協賛権同様、慣例として確立するのだが、まだエドワード三世の時代は、そこまではいかなかった。
やっと庶民院が出来て、そこに州代表の騎士と、都市代表の市民や下級聖職者が参加するようになったばかりで、まだまだ貴族院の方が力が強かったのである。
だから、エドワード三世の目論見通り、戦費は支払われたものの、流石に「一言で片がつく」ことは無かった。それほど、騎士や市民などの中流階級の勢いは無視できず、戦に明け暮れる王への反感もあったと言える。
「父上、フランスがまたしてもジェノヴァ船を出してきたとか……。私が行っても宜しゅうございますか?」
一三四六年九月四日からイングランド軍によりカレーの包囲は始まっており、イングランド本土とフランドルの両方から補給を受ける状態が続いていた。
対するフランスのフィリップ六世は、その補給路を何度か断とうとして失敗していた。
だが、イングランド側もジェノヴァ船によるフランスへの補給を遮断出来ずにいた。
そんな最中の黒太子エドワードの発言であった。
「よい。春になれば、航路のより安定し、物資の補給も今より出来よう。お前は、それまでに職人達の町をきちんと作っておけるよう、監督せよ!」
だが、父が息子に命じたのは、そんなことであった。
血気にはやる気持ちのまま、動かすのは危険だと、自らの経験をもとにして、思ってのことだったのかもしれない。
しかし、若い黒太子は不満だった。
「ですが、父上!」
そう食い下がる息子を手で制し、エドワード三世は言った。
「待て! そう血気にはやるな! それに、知っておるか? もうじき臨月だそうだぞ」
すると、黒太子は苦笑した。
「又、ですか? お盛んですね、父上も」
その言葉に、エドワード三世はムッとした表情になった。
「何を申しておる! 私が言っているのは、ジョアンのことだぞ! ケント伯の姉の」
その名を聞いた途端、黒太子の顔色が変わった。
「そうですか……。私には、関係の無いことです……」
小さ目の声でそう言い、むこうを向く黒太子に、父はため息をついた。
「まだ忘れられんのか? お前も王太子になり、初陣とて無事に勤めあげたのだ。そろそろ結婚してもよかろう?」
「では、この戦がひと段落したら、考えましょう」
「長期戦になると分かって、申しておるな?」
エドワード三世が苦笑しながらそう言うと、黒太子は父を見た。
「ジェノヴァ船の対策に行かせて頂けますか?」
「それは、ならんと先程から申しておろう!」
エドワード三世はそう言うと、ため息をついた。
敗残兵のチェックや下士官によるミゼリコルデがひと段落した頃、黒太子エドワードは、指令所になっていた風車に呼ばれ、その話を聞いていた。
Calais(カレー)。
イギリスに面した港湾都市で、百年以上前から二重の城壁と濠(ほり)があり、さらに市内の北面部にある城塞には独自の濠と防護施設があって、他の都市と比べて非常に防御が堅かった。
「確かに、本国との距離や防備の点から考えても、あの都市ほど最適な所は無いでしょう。ですが、あそこはフランドルと違い、親フランス派です。包囲しても長期戦となりましょう。その辺りのことはどうお考えなのです、父上?」
黒太子エドワードのその問いに、エドワード三世はニヤリとした。
「本国から承認と職人を呼び寄せる」
「は……?」
驚く息子の前で、国王たる父は、地図を見せた。
「このカレーの近くに小さな町を造り、そこで必要な物を調達出来るようにする。さすれば、長期戦になろうと、恐れるものなど、無かろう?」
確かに、長期戦にはそれ位の備えがあった方が良いだろうが、はたして議会がその膨大な費用を承認するだろうか?
黒太子エドワードが心の中でそう思い、知らず知らずのうちに顔をしかめていたのだろう。エドワード三世は微笑むと、こう続けたのだった。
「議会のことなら、心配するな。私の一言で、片付くはずだ」
……楽観的過ぎる!
黒太子エドワードはそう思ったが、口に出すのは控えた。
父には、自分とは違い、スコットランドを征服した実績がある。それを議会で言い、続いてフランスを手中に収めた場合の得られる利益について語れば、承認が得られるかもしれない……そう思ったこともあって。
この百年戦争も後期になると、フランスの旧領地を回復する為の戦費調達の為、国王は議会に譲歩し、貴族院と庶民院は、立法協賛権を課税協賛権同様、慣例として確立するのだが、まだエドワード三世の時代は、そこまではいかなかった。
やっと庶民院が出来て、そこに州代表の騎士と、都市代表の市民や下級聖職者が参加するようになったばかりで、まだまだ貴族院の方が力が強かったのである。
だから、エドワード三世の目論見通り、戦費は支払われたものの、流石に「一言で片がつく」ことは無かった。それほど、騎士や市民などの中流階級の勢いは無視できず、戦に明け暮れる王への反感もあったと言える。
「父上、フランスがまたしてもジェノヴァ船を出してきたとか……。私が行っても宜しゅうございますか?」
一三四六年九月四日からイングランド軍によりカレーの包囲は始まっており、イングランド本土とフランドルの両方から補給を受ける状態が続いていた。
対するフランスのフィリップ六世は、その補給路を何度か断とうとして失敗していた。
だが、イングランド側もジェノヴァ船によるフランスへの補給を遮断出来ずにいた。
そんな最中の黒太子エドワードの発言であった。
「よい。春になれば、航路のより安定し、物資の補給も今より出来よう。お前は、それまでに職人達の町をきちんと作っておけるよう、監督せよ!」
だが、父が息子に命じたのは、そんなことであった。
血気にはやる気持ちのまま、動かすのは危険だと、自らの経験をもとにして、思ってのことだったのかもしれない。
しかし、若い黒太子は不満だった。
「ですが、父上!」
そう食い下がる息子を手で制し、エドワード三世は言った。
「待て! そう血気にはやるな! それに、知っておるか? もうじき臨月だそうだぞ」
すると、黒太子は苦笑した。
「又、ですか? お盛んですね、父上も」
その言葉に、エドワード三世はムッとした表情になった。
「何を申しておる! 私が言っているのは、ジョアンのことだぞ! ケント伯の姉の」
その名を聞いた途端、黒太子の顔色が変わった。
「そうですか……。私には、関係の無いことです……」
小さ目の声でそう言い、むこうを向く黒太子に、父はため息をついた。
「まだ忘れられんのか? お前も王太子になり、初陣とて無事に勤めあげたのだ。そろそろ結婚してもよかろう?」
「では、この戦がひと段落したら、考えましょう」
「長期戦になると分かって、申しておるな?」
エドワード三世が苦笑しながらそう言うと、黒太子は父を見た。
「ジェノヴァ船の対策に行かせて頂けますか?」
「それは、ならんと先程から申しておろう!」
エドワード三世はそう言うと、ため息をついた。