黒太子エドワード~一途な想い
フィリッパ、海を越えて乱入?
「確かに、町造りも重要ですが、今はまず、相手の補給を断つことが最優先なのではありませんか、父上?」
「それはそうだが……あやつがじきに来るのだ」
「あやつ……?」
その言葉と頭を抱える父の姿に、黒太子エドワードは思わず首をかしげた。
「だから、フィリッパ、フィリッパ!」
そう言うと、エドワード三世はため息をついた。
「母上でしたか!」
そう言うと、黒太子は横を向いて苦笑した。
そして、父親の方を向き直ると、続けた。
「まぁ、母上はあの童顔に似合わず、スコットランド戦でも戦場まで足を運ばれ、兵士達を鼓舞されたと聞いております。ですが、先日、末娘のマーガレットをご出産なさったばかりでしょう? そんな体で、海など越えて来られて、大丈夫なのですか? そう言って、休んで頂いてはどうです? 甘い言葉の一つや二つ、父上が手紙に書かれれば安心されるでしょうし……」
「そういうことなら、既に何度もやったわ!」
そう言うと、エドワード三世はため息をついた。
黒太子はそれを見て、笑いそうになるのを懸命にこらえる。
「そ、そうですか……」
「お前も知っている通り、あやつは一度言い出したら、きかぬ。だから、困っておるのだ! まだ生まれたばかりの赤子をイングランドに置いてまで、こっちに来ようとするとは……」
──なるほど。だから、息子である私の出番、というわけですか。
黒太子は心の中でそう呟くと、苦笑した。
「分かりました、父上。そういうことでしたら、おっしゃる通りに致しましょう」
「おお、やってくれるか!」
エドワード三世が心底、ホッとした表情でそう言うと、黒太子は意味ありげな笑みを浮かべた。
「その代わり、もう二度とジョアンのことはおっしゃらないで下さい。特に、こういう他の者も同席しているような場では」
そう言うと、黒太子は周囲を見回した。
そこは、港町カレーの城壁が見える、少し小高い丘であった。
どうやらエドワード三世は、その辺りに簡単な砦を築き、小さな町を造ろうとしているようだった。
「こういう場所の方がかえって他人に効かれないかと思ったのだが……」
海から吹く風に、伸びてきた髭と巻き毛を揺らしながらエドワード三世がそう言うと、黒太子は首を横に振った。
「万が一、誰かに聞かれるかもしれない場所での話は、ごめんです」
「そうか……。無理矢理別れさせられるかもしれんというのに、可哀想になぁ……」
「え……?」
その言葉に、思わず黒太子は父の近くに寄ってしまった。それが思惑通りとは、薄々思っていても。
「それは、一体どういうことなのですか、父上?」
「おや? こういう所で話すのは嫌ではなかったのか?」
「そこまでおっしゃっておいて、放置すると言う方が無理でしょう!」
苦笑しながら黒太子はそう言うと、父親にもう少し近寄った。
そんな様子を少し離れた所で見ていたジョン・チャンドスがサッと近付いて来る。
「陛下、お戯れが過ぎますぞ。これでは、王太子殿下が気の毒でございます」
「ううむ……。チャンドスにそう言われたら、仕方がないか……」
元々、王太子のお目付け役としてチャンドスを付けたのも、エドワード三世自身だった。彼自身がまだ二〇代前半という若さであったので、息子にはある程度年配のしっかりした者をつけて、教育してもらおうとの心配りであった。
だからこそ、そういう風にチャンドスに言われると、それ以上息子をからかうことなど出来なくなったのだった。
「では、父上、ちゃんと教えて頂けますね?」
チャンドスの助力を得、黒太子は先ほどより胸を張って、真っ直ぐ父の目を見ながらそう尋ねた。
「それはいいが……取り乱すなよ?」
「はい」
そう答えると、黒太子はごくりと唾をのみこんだ。
「それはそうだが……あやつがじきに来るのだ」
「あやつ……?」
その言葉と頭を抱える父の姿に、黒太子エドワードは思わず首をかしげた。
「だから、フィリッパ、フィリッパ!」
そう言うと、エドワード三世はため息をついた。
「母上でしたか!」
そう言うと、黒太子は横を向いて苦笑した。
そして、父親の方を向き直ると、続けた。
「まぁ、母上はあの童顔に似合わず、スコットランド戦でも戦場まで足を運ばれ、兵士達を鼓舞されたと聞いております。ですが、先日、末娘のマーガレットをご出産なさったばかりでしょう? そんな体で、海など越えて来られて、大丈夫なのですか? そう言って、休んで頂いてはどうです? 甘い言葉の一つや二つ、父上が手紙に書かれれば安心されるでしょうし……」
「そういうことなら、既に何度もやったわ!」
そう言うと、エドワード三世はため息をついた。
黒太子はそれを見て、笑いそうになるのを懸命にこらえる。
「そ、そうですか……」
「お前も知っている通り、あやつは一度言い出したら、きかぬ。だから、困っておるのだ! まだ生まれたばかりの赤子をイングランドに置いてまで、こっちに来ようとするとは……」
──なるほど。だから、息子である私の出番、というわけですか。
黒太子は心の中でそう呟くと、苦笑した。
「分かりました、父上。そういうことでしたら、おっしゃる通りに致しましょう」
「おお、やってくれるか!」
エドワード三世が心底、ホッとした表情でそう言うと、黒太子は意味ありげな笑みを浮かべた。
「その代わり、もう二度とジョアンのことはおっしゃらないで下さい。特に、こういう他の者も同席しているような場では」
そう言うと、黒太子は周囲を見回した。
そこは、港町カレーの城壁が見える、少し小高い丘であった。
どうやらエドワード三世は、その辺りに簡単な砦を築き、小さな町を造ろうとしているようだった。
「こういう場所の方がかえって他人に効かれないかと思ったのだが……」
海から吹く風に、伸びてきた髭と巻き毛を揺らしながらエドワード三世がそう言うと、黒太子は首を横に振った。
「万が一、誰かに聞かれるかもしれない場所での話は、ごめんです」
「そうか……。無理矢理別れさせられるかもしれんというのに、可哀想になぁ……」
「え……?」
その言葉に、思わず黒太子は父の近くに寄ってしまった。それが思惑通りとは、薄々思っていても。
「それは、一体どういうことなのですか、父上?」
「おや? こういう所で話すのは嫌ではなかったのか?」
「そこまでおっしゃっておいて、放置すると言う方が無理でしょう!」
苦笑しながら黒太子はそう言うと、父親にもう少し近寄った。
そんな様子を少し離れた所で見ていたジョン・チャンドスがサッと近付いて来る。
「陛下、お戯れが過ぎますぞ。これでは、王太子殿下が気の毒でございます」
「ううむ……。チャンドスにそう言われたら、仕方がないか……」
元々、王太子のお目付け役としてチャンドスを付けたのも、エドワード三世自身だった。彼自身がまだ二〇代前半という若さであったので、息子にはある程度年配のしっかりした者をつけて、教育してもらおうとの心配りであった。
だからこそ、そういう風にチャンドスに言われると、それ以上息子をからかうことなど出来なくなったのだった。
「では、父上、ちゃんと教えて頂けますね?」
チャンドスの助力を得、黒太子は先ほどより胸を張って、真っ直ぐ父の目を見ながらそう尋ねた。
「それはいいが……取り乱すなよ?」
「はい」
そう答えると、黒太子はごくりと唾をのみこんだ。