黒太子エドワード~一途な想い
ジョアン、重婚?
「ジョアン・オブ・ケントは、ソールズベリー伯モンタキュートと結婚することになったそうだ」
「は……? 彼女は、トマス・ホランドと既に結婚していて子供ももうすぐ生まれるのではなかったのですか?」
「そうなのだが……それはどうも、本人同士だけの秘密結婚であって、ケント伯の親戚連中は認めていなかったらしいのだ」
「……要するに、家柄がふさわしくないということですか……。だから、『もう少し待て』と言ったのに、ジョアンは!」
そう言うと、黒太子は足元にあった石を蹴飛ばした。
それは、父にもチャンドスにも当たらなかったが、父は苦笑した。
「エドワード、取り乱すなと申したであろう?」
「……はい……。すみません……」
「お前がそういう態度をとると分かっておるから、私も今まで縁談の話をしなかったのだ! 本当は、既に何件もきておるのだぞ! それこそ、国内の貴族の娘をはじめ、フランス貴族や他国の王族の娘からもな!」
「申し訳ありません、父上……」
黒太子がそう言ってうなだれると、父王は小さく頷きながらこう言った。
「もうよい! よいから、うなだれるな! お前は、一国の王太子なのだぞ! いつ何時でも、威厳を忘れるでない!」
「はい、父上……」
そう返事はしたものの、まだ顔を上げようとしない黒太子に、父王はため息をついた。
「今度、フィリッパがわざわざ産後間もないというのに海を越えて来るというのも、多分、そのこともあって、だろう。あやつは、ジョアンをとても気に入っておって、出来ればお前の嫁にしたいと、今でも思っておるようだしな」
「でしたら……!」
見る間に顔を輝かせ、こっちを向いた黒太子に、父王は苦笑した。
「こら、早とちりするでない! ケント伯側は、ソールズベリー伯ウィリアム・モンタキュートとの結婚を進めておるのだからな!」
「そう……ですよね……」
そう言う黒太子の顔は、再び下を向いた。
何故だ? 何故、イングランドの王太子よりソールズベリー伯の方がいいんだ!
「お前とは遠縁の従姉にあたるしな、違う血を入れたいというのもあるのだろう」
そんな彼の想いを察してか、父王エドワード三世がそう言うと、黒太子は小さな声でその言葉を繰り返した。
「違う血……」
「そもそも、ジョアンは、既にトマス・ホランドの子を孕(はら)んでおる。他の男との結婚に同意など、したりはせんだろう。私が先程フィリッパの話をしたのも、ソールズベリー伯との結婚を無効にする方法を探しているはずだと言おうとしたのだが、話が逸れてしまったな。期待させて、すまぬ、エドワード」
「いえ……。早とちりをした私が悪いのです」
そう言いながらも、黒太子は父王の言葉を頭の中で繰り返していた。
「結婚を無効にする方法」なんて、あるのか……? トマス・ホランドとの結婚が二人だけの秘密結婚で、法的効力が無いとすれば、考えられるのは、あと一つ。キリスト教の最高峰たるローマ教皇に「無効である」と宣言してもらうことくらいだが……そこまでするものだろうか?
そんなことを考える彼の脳裏には、イングランドを出る前に会った、幸せそうなジョアンの姿が映し出されていた。
『エドワード、告白するなら、次期を逃してはダメよ』
今にして思えば、少しふっくらしたように見えた彼女の顔には、穏やかで、優しいものがあった。母になった者だけが得るものだったのかもしれないと、黒太子は思った。
「殿下……」
気付けば、もう父王エドワード三世は傍を離れ、大砲やカタパルト等、カレーの町を攻略するのに必要なものの方に行っていた。
「大丈夫だ、チャンドス。私はもう、ジョアンのことで取り乱したりはしない。まぁ、ローマ教皇に口を聞いてくれと言われれば、流石に考えはするが」
そう言って黒太子が苦笑すると、初老のお目付役も苦笑した。
「まぁ、あのお嬢さんなら、やりかねないでしょうな。行動力がおありですから」
「そう。ありすぎるから、困るのだ!」
黒太子はそう言うと、再び苦笑した。
ジョアンより行動力も勇気もある高貴な女性が、彼の元にやって来るのは、それからしばらくした頃であった。
「は……? 彼女は、トマス・ホランドと既に結婚していて子供ももうすぐ生まれるのではなかったのですか?」
「そうなのだが……それはどうも、本人同士だけの秘密結婚であって、ケント伯の親戚連中は認めていなかったらしいのだ」
「……要するに、家柄がふさわしくないということですか……。だから、『もう少し待て』と言ったのに、ジョアンは!」
そう言うと、黒太子は足元にあった石を蹴飛ばした。
それは、父にもチャンドスにも当たらなかったが、父は苦笑した。
「エドワード、取り乱すなと申したであろう?」
「……はい……。すみません……」
「お前がそういう態度をとると分かっておるから、私も今まで縁談の話をしなかったのだ! 本当は、既に何件もきておるのだぞ! それこそ、国内の貴族の娘をはじめ、フランス貴族や他国の王族の娘からもな!」
「申し訳ありません、父上……」
黒太子がそう言ってうなだれると、父王は小さく頷きながらこう言った。
「もうよい! よいから、うなだれるな! お前は、一国の王太子なのだぞ! いつ何時でも、威厳を忘れるでない!」
「はい、父上……」
そう返事はしたものの、まだ顔を上げようとしない黒太子に、父王はため息をついた。
「今度、フィリッパがわざわざ産後間もないというのに海を越えて来るというのも、多分、そのこともあって、だろう。あやつは、ジョアンをとても気に入っておって、出来ればお前の嫁にしたいと、今でも思っておるようだしな」
「でしたら……!」
見る間に顔を輝かせ、こっちを向いた黒太子に、父王は苦笑した。
「こら、早とちりするでない! ケント伯側は、ソールズベリー伯ウィリアム・モンタキュートとの結婚を進めておるのだからな!」
「そう……ですよね……」
そう言う黒太子の顔は、再び下を向いた。
何故だ? 何故、イングランドの王太子よりソールズベリー伯の方がいいんだ!
「お前とは遠縁の従姉にあたるしな、違う血を入れたいというのもあるのだろう」
そんな彼の想いを察してか、父王エドワード三世がそう言うと、黒太子は小さな声でその言葉を繰り返した。
「違う血……」
「そもそも、ジョアンは、既にトマス・ホランドの子を孕(はら)んでおる。他の男との結婚に同意など、したりはせんだろう。私が先程フィリッパの話をしたのも、ソールズベリー伯との結婚を無効にする方法を探しているはずだと言おうとしたのだが、話が逸れてしまったな。期待させて、すまぬ、エドワード」
「いえ……。早とちりをした私が悪いのです」
そう言いながらも、黒太子は父王の言葉を頭の中で繰り返していた。
「結婚を無効にする方法」なんて、あるのか……? トマス・ホランドとの結婚が二人だけの秘密結婚で、法的効力が無いとすれば、考えられるのは、あと一つ。キリスト教の最高峰たるローマ教皇に「無効である」と宣言してもらうことくらいだが……そこまでするものだろうか?
そんなことを考える彼の脳裏には、イングランドを出る前に会った、幸せそうなジョアンの姿が映し出されていた。
『エドワード、告白するなら、次期を逃してはダメよ』
今にして思えば、少しふっくらしたように見えた彼女の顔には、穏やかで、優しいものがあった。母になった者だけが得るものだったのかもしれないと、黒太子は思った。
「殿下……」
気付けば、もう父王エドワード三世は傍を離れ、大砲やカタパルト等、カレーの町を攻略するのに必要なものの方に行っていた。
「大丈夫だ、チャンドス。私はもう、ジョアンのことで取り乱したりはしない。まぁ、ローマ教皇に口を聞いてくれと言われれば、流石に考えはするが」
そう言って黒太子が苦笑すると、初老のお目付役も苦笑した。
「まぁ、あのお嬢さんなら、やりかねないでしょうな。行動力がおありですから」
「そう。ありすぎるから、困るのだ!」
黒太子はそう言うと、再び苦笑した。
ジョアンより行動力も勇気もある高貴な女性が、彼の元にやって来るのは、それからしばらくした頃であった。