黒太子エドワード~一途な想い

嘆きのカレー

「何てことだ……。フランス軍は去って行っていっちまうだんなんて! それも、ろくに戦いもせずに!」
 水と食料が尽きかけ、町の名士と言われた者達の頬もこけ始め、顔や手も薄汚れてきていた。
 当然だった。水は、飲むのを最優先にし、あとは汚れたものを何度も使うようにし、それも制限がかかっていたので。
 それでもある程度のたくわえがある者は、まだマシだった。それすら無いものは、渇きに耐え兼ね、洗い物に使ったものを飲んで死んだ者もいたので。
 そんな状態で、城壁の周囲を警備していた者からの報告で、フランス軍が戦わずに撤退したと報告を受けると、そう嘆き、その場でへたりこんでしまう者までいた。
「あああ……」
 だが、大半の者は、飢えと渇きで、ろくに声も出なかった。
「もう無理だ……。降伏して、開城しよう。どうせフランスは、俺達を見捨てちまったんだ。そんな俺達が開城したって、誰が責めるっていうんだよ?」
 その場に集まっていた者の一人がそう言ったが、どの男だったのかは分からなかった。
 みんな落胆と絶望、それに飢えと渇きのせいで、それが誰なのかも確かめる気力すら無かった。
「イングランド軍に降伏を……」
 そういう声が小さいながらも起こると、声がまだ出せる者も同じように呟き、その場に居た者達に広がっていった。
「分かった。わしが、交渉に行って来よう」
 そんな声の中、一人の白髪の老人がそう言い、一同はゆっくりと虚ろな瞳を彼の方に向けた。
 顔に皺はいくつも刻まれ、皮膚はかなり乾燥しているようだったが、着ている物は比較的綺麗に見えた。
 パチ、パチ……。
 口を開くのがしんどいからか、誰かが拍手をした。
 どうやら、「賛成」の意味のようであった。
 そして、それが徐々に広がっていった。
 パチ、パチ、パチ……。
 一同が賛成でよいのだろうかと思いながら老人が周囲を見回した時、彼の近くに居た青年がその袖を引っ張った。
「父上、いくら何でも、危険過ぎやしませんか? 誰か他の者を代理に立てるべきでは?」
 すると、父と呼ばれた老人は、首を横に振った。
「いかん! 使用人などを送ってみろ! 着ている物から身分が割れて、馬鹿にしていると思われ、今より酷い包囲戦になるやもしれん。万が一、我々がイングランド軍と戦わねばいけなくなった時、この状態で誰が戦えるというのだ? 無理だろう」
 その言葉に、青年もその場の民衆を見回した。
 擁壁の上で警備にあたっている男も、頬はこけ、疲れた顔をしていた。
「な、わしが行くしかないだろう?」
「でしたら、私が! 私の方が若いので、兵士に紛れて逃げたり出来るかもしれませんし!」
「いや、お前は此処にいてくれ! そして、もしわしに何かあったら、皆を率いて此処を守ってくれ」
 そう言うと、父は息子の肩に手を置いた。
「父上……」
 そう言われてしまうと、息子は父の意に従うしかなかった。
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