黒太子エドワード~一途な想い

カレーよりの使者

「カレー市民、ユスターシュ・サンピエール様がいらっしゃいました」
 本陣テントの外から兵士がそう言う声がしたと思うと、初老の男が中に入って来た。
 髭を剃り、一番綺麗な服を着てはいたものの、頬はこけ、彼とて充分食べてはいないというのは見てとれた。
 一方、エドワード三世はというと、ちゃんと食べているので、血色が良かった。
 しかも、息子の黒太子エドワードは、ずっと包囲してきたカレー市民の代表を目の前にしたこともあり、興奮して頬が紅潮しており、それが一層、元気で若く見せていた。
 ──負けだ。こんなに見た目で差がついているというのに、勝てる訳が無い!
 二人の姿を見ただけで、ユスターシュは心の中でそう呟き、肩を落とした。
「用件は何だ? 降伏か?」
 そんな彼に対し、エドワード三世は容赦無く、そう尋ねた。それも、威圧的な態度で。
「はい……」
「ふむ……。降伏と申すからには、こちら側の要求をのむのであろうな?」
 エドワード三世が近寄って来て、見下ろすようにそう言うと、ユスターシュは顔をしかめた。
 
 ヨーロッパの王族では、小柄な者、障害を持った者は馬鹿にされ、中には歴史から消された者もいる。
 従って、王族としてその地位を継ぐ者は、出来れば大柄で、ある程度背が高くなければならなかった。
 そういう状況の中で育ったエドワード三世も黒太子エドワードも、共に背が高く、逞しかった。
 カレーの町の実力者たるユスターシュも、そういう者と時には交渉せなねばならなかったので、小柄ではなく、どちらかというと背が高い方であった。
 だが、加齢に加え、ここの所、ろくに食べていなかった上に、「包囲されている」というストレスからか、背中が丸くなり、小さくなった気がしていた。

「で……出来るだけのことにはお応えするつもりではありますが、無闇やたらと市民を殺すのだけは、ご容赦願いたい……」
 そんな彼には、それだけ言うのが精一杯だった。
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