黒太子エドワード~一途な想い
「それは、町を落とされたから否応なく従ったのであって、本位ではないはずです。それに、一度、虐殺なんかしてしまっては、ブルターニュ公として領地を治めていく上で、不利になる……」
「黙れっ!」
 そう叫ぶと、ブロワは手に持っていたブランデーが入ったグラスを妻の足元に投げ捨てた。
「あなた……」
 ドレスの裾が酒で汚れてしまったが、彼女はその裾をギュッと両手で握り締めながら、悲しそうに夫を見た。
「そんなこと……そんなことなど、お前にわざわざ言われずとも、分かっておるわ! だが、相手は東部に留まれという命令も無視し、教皇猊下の保護下にあったはずの都市を襲うような奴だぞ! 普通にやって、言うことをきくと思うか?」
「それは……思いません……」
「だろうがっ!」
 ブロワはそう言うと、床に散らばったグラスの破片をチラリと見た。
 その後、ガラスの容器にまだ残っていたブランデーをあおるように飲んだのだった。
 ジャンヌはそれを心配そうな表情で見つめ、何かを言おうとしたが、諦めてため息をついた。
 そして、すぐにその場を後にしたのだった。
 音を聞いて、慌てて駆けつけた侍女に
「後を頼むわね」
と床を指さして。

「住民を虐殺……。それも、二千人……だと?」
 シャルル・ド・ブロワがカンベールで行なったことを聞くと、ジャン・ド・モンフォールの顔から血の気が引いた。
「それだけではありません! 守備兵の中で、ブルターニュとノルマンディー出身の者は、皆パリに送られ、反逆者ということで、見せしめに処刑されたそうにございます。その数、何と……」
「もうよい! 数など、聞きとうないわ!」
 そう言うと、ジャン・ド・モンフォールは、頭を抱えた。
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