黒太子エドワード～一途な想い

当事者のいない戦い

　一三四五年三月、ジャン・ド・モンフォールは、家族を連れてイングランドに逃亡し、その夏には、エドワード三世がフランスとの戦いを再開した。
　主に、イングランドの支配力が強いアキテーヌ地方に兵を送ったのだが、ブルターニュにもノーザンプトン伯と張本人のジャン・ド・モンフォールを送っていた。
　しかし、これが良くなかった。
　ジャン・ド・モンフォールは、一年前にシャルル・ド・ブロワが落としたカンベールを奪回しようとして失敗しただけでなく、病で倒れてしまったのである。

「げほっ、げほっ！」
　ベッドの上で咳き込むと、その手に赤黒い血がつき、シーツの上にも落ちた。
「わしは……あの小僧が落とし、住民や守備兵を虐殺したカンベールの町さえ救えずに、このまま死ぬというのか……？」
　そう呟くように言うジャン・ド・モンフォールの目には、涙がたまってきていた。
「いやぁ──っ！」
　その時、廊下に甲高い女の叫び声が響いた。
「認めない、認めないわ！　ジャンもジャンヌもまだ幼いというのに、あの人が病で死ぬかもしれないなんて、そんなの、ぜったい、認めないわ～！　おーほほほほほ！」
　怒っているのかと思えば、高笑い。
　もう感情の抑制がきかなくなってきているのが、誰の目から見ても分かるようになってきていた。
「ジャンはまだ六歳だというのに、アレが母親で大丈夫なのか……？」
　誰に言うともなく、一人きりで、ベッドの上でそう呟くと、ジャン・ド・モンフォールは咳き込んだ。
　再びシーツと彼の手が赤く染まるが、彼はもう気にする元気も無いのか、ため息をついた。
「仕方がない……。ノーザンプトン伯ウィリアム殿に書をしたためておくか……」
　そう言うと、彼はベッドの脇の小さな机の引き出しに手を伸ばした。
　が、又すぐに咳き込んでしまい、引き出しごと床に落ちてしまう。
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