黒太子エドワード~一途な想い
6章 大勅令

le Sage

「奴らは、いい気になり過ぎだ!」
 王宮の自分の部屋の長椅子に座ると、「le sage(学者殿下)」と三部会で呼ばれた王太子シャルルは、そう言いながらサイドテーブルに手を伸ばした。
 その上には、ガラスの容器に入った、真っ赤なワインがあった。
「あなた、今日はもう、シードルになさいませ」
 それを見た妻のジャンヌはそう言うと、ワインを少し離れたテーブルに持って行った。
 そこには、既にパンとシードルが用意してあり、りんごの少し甘い香りがしていた。
「シードルなど……! 私は、アルコールが入っているものが飲みたいのだ!」
「いけませんわ。あなたを辱めた平民達をやりこめるのでしたら、もっと力をつけませんと。その為には、体力をつけることも必要ですわよ」
 先日生まれたばかりの長女ジャンヌを抱っこしながら妻がそう言うと、シャルルはため息をついて、差し出されたグラスを受け取った。
 それを見ると、ジャンヌは微笑みながらそこにシードルを注ぐ。
「良い香りだな」
「でしょう? 一番香りのよいものを取り寄せましたもの。少しは、それで落ち着きまして?」
「ああ……」
 そう言うと、シャルルは注がれたシードルを一気に飲んだ。
「爽やかな味だな」
「お気に召したようで、良かったですわ。この子の為にも、平民達には負けて欲しくありませんもの。作戦をきっちり練って、やり返してやりましょう!」
「そうだな」
 シャルルはそう言うと、微笑んだ。
 彼にとって、妻のジャンヌが最も気兼ねなく話せ、信頼出来る女性であった。
 後にオルレアン公となる第7子ルイの誕生後、感情の起伏が激しくなり、精神病の兆候が表れてくるのだが、この頃はまだ、理知的で優しく、美しい女性であった。
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