黒太子エドワード~一途な想い

ナバラ王の部下

「ほう……。これは良いジビエ(野生の鳥獣の肉)だな。美味い!」
 それから数日後の晩、茶色の髪に薄茶の瞳の色白の男が、そう言って舌鼓を打っていた。マルセルの屋敷で。
「うちのシェフは、ロワイヤル(野兎を一匹丸ごと煮込む料理)が得意なのですよ。お口に合ったようで、何よりでございました」
「うむ。これは、ラパン(=家禽の兎)か? 肉は柔らかいが、少し淡白だな」
「申し訳ありません。ナバラ王殿下をお招きするというのに、メインディッシュが無いと話にならないと思い、ラパンを用意させたのです」
「いやいや、構わんぞ。充分、美味いからな」
 そう言うと、茶色の髪の青年は、空になったワイングラスを差し出した。
 どうやら、「もっと飲みたいから、継ぎ足せ」ということらしかった。
 この時、ナバラ王カルロス2世は、26歳。
 一方、もてなす側のエティエンヌ・マルセルは、既に43歳になっていた。
 が、マルセルは作り笑いを浮かべると、差し出されたグラスに赤ワインを注いだのだった。
 ちょうどその時だった。若い男の使用人が、血相を変えて飛び込んで来たのは。
「た、大変にございます! 酒場で乱闘騒ぎが起きました!」
 その言葉に、マルセルは顔をしかめた。
「それしきのことで、騒ぐな! そんなことくらい、下町の酒場では、いつも起こっておるだろうが!」
 彼は使用人に向かってそう言うと、ナバラ王にむかって再び作り笑いを浮かべた。
「どうもすみません、ナバラ王殿下。使用人のしつけがなっておりませんで……」
「そのナバラ王殿下の部下の方々なのですよ! 酒場で暴れておられるのは!」
 若い男のその叫びに、ナバラ王もマルセルも目を丸くした。
「折角、美味いものを食していたのだが、そういうことなら、私が出向かない訳にはいかんな。残念だが」
 カルロス2世はそう言うと、立ち上がった。
「大したお構いも出来ませんで……」
「いやいや。事が落ち着いたら、又、邪魔に来よう。それで、よかろう?」
「はい」
 マルセルがそう言って頷くと、カルロス2世は満足げに頷き、客用の食堂から出て行った。
 それを見送ると、マルセルはため息をつき、頭を抱えた。
「あいつめ! やはり、ろくなことをせんな! ……とはいえ、一度呼んでしまった以上、すぐに帰す訳にもいかん。酒場での騒動がひと段落したら、何とか口実を作って、遠くに行かせるか……」
 その時の彼は、まさか同じその月のうちに、自分が暴徒と化した同じパリ市民に殺されるとは、思ってもいなかったのだった。
< 82 / 132 >

この作品をシェア

pagetop